人斬り鍬次郎と呼ばれた、幕末の知られざる人斬り!新選組・大石鍬次郎 (3/3ページ)

Japaaan

伊東甲子太郎/Wikipediaより

坂本龍馬暗殺は否定しましたが、伊東甲子太郎暗殺を認めたので、鍬次郎は明治3年(1870)に斬首刑となり33歳で亡くなりました。

最後に

幕末の四大人斬りの他に人斬りの異名を持っていた人物が新選組にいたのは驚きでした。

人斬り集団と言われていた新選組で人斬りの異名を持っていたので、鍬次郎は相当腕が立っていたと思います。

鍬次郎自身も出世欲が強かったので、一種の宣伝としてこの異名をほしいままにしたかもしれませんね。

参考:前田政記『新選組全隊士徹底ガイド』

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