美女ざんまい「実話劇場」 玉利かおるインタビュー (2/3ページ)
玉利 そうなんです。もっと長くやっていたように思われるし、いまだに「見てましたよ」と言われるのは嬉しいんですけど…。
――そもそも、キャスターを志したきっかけは?
玉利 生まれは甲府なんですが、大学(熊本大学)に通っていた時にモデルの仕事をしたんです。近畿日本ツーリストの沖縄キャンペーンガール。そのうちレポーターの仕事もやるようになって、「東京でキャスターをやりたい」という夢を抱くようになりました。でも、春に上京して事務所に入った時には4月の番組のキャスティングはほとんど決まっていたんです。ようやく見つけたオーディションがフジテレビで、早朝にやっていた『ホットレポート千葉』という5分番組。それが私の実質テレビデビュー作です。1年間、やらせていただきました。
『やじうまワイド』出演はその年の秋から。実は早朝の時間帯に裏番組で“ややかぶり”していたことになる。
★早朝ナマ番組起用の理由は…
――5時半から体操をするような番組でしたよね?
玉利 今と違い、当時は早朝の番組自体がなかったんです。テレ朝が初めてこの時間に放送するということになり、いったい誰が見るんだろう? と。きっと年配の方ばかりに違いないという想定のもと、早起きタオル体操ということで、私が実演したんです。ところが、フタを開けてみたら、見ていたのはおじいちゃん、おばあちゃんよりも業界の人でした。夜中にずっと仕事をしていて、この番組を見てから寝るとか。8時半までの生放送でしたが、色んな意味で画期的でしたね。
――5時半の生放送に出るってどういう生活でした?
玉利 寝るのは9時から11時くらいで3時に起きてました。品行方正にするしかなくて、週末はやっぱり…。
――遊びまくった?
玉利 と、言いたいところなんですけど、体力が続かないんですよね。テレ朝内でのお付き合いが多く、やれ料亭だ、高級レストランだと飲み会が多くて。
――40歳まで独身だったのは、モテなかったわけではないでしょ?
玉利 これが意外とそうでもないんです。色んな方を紹介はされるんですけど…。
――その頃のタイプは?
玉利 世界を相手に仕事をしている人がいいなと思っていました。商社マンとか、外交官とか。