長嶋茂雄は芸者遊びで給料前借り!? レジェンドプロ野球「酒と女とスーパープレー」
二日酔いで打席に立ってホームラン、キャンプには愛人が同行……球界のヤンチャ選手たちが刻んだ無頼控!!
悲喜こもごも――。プロ野球選手たちが、続々と契約更改を行うストーブリーグにお届けするのは、レジェンド選手、現役選手、外国人助っ人の武勇伝だ。酒、女、金にまつわる秘話はもちろん、プロならではのスーパープレーも一挙紹介する。
まずは“ミスタープロ野球”長嶋茂雄氏のエピソードから紹介しよう。野球に純粋なミスターだけに、酒や女に絡む失態はないと思いきや……。「基本的に下戸体質で、お酒はあまり飲みませんが、銀座や六本木の高級クラブは好きでしたね(笑)。一番好きだったのが芸者遊びです。ルーキーイヤーに芸者遊びに金を使いすぎて、球団に給料の前借りに行ったこともあるそうです。“いやあ、芸者は三味線にしてもなんにしても超一流だね〜”と、ゾッコンでしたね」(球界関係者)
ただ、遊び方はキレイだったという。「ミスターは、“タダほど高いものはない”という哲学があるから、遊ぶにも身銭を切って遊ぶんです。女性も同様で、独身の頃、玄関を開けたら、ファンの美女が立っていたこともあったとか。でも、手を出すようなことは絶対にしなかったですね」(前同)
酒が苦手なミスターに対し、王貞治氏は酒豪で知られる。「若い頃は毎晩、銀座に飲みに行っていましたよ。ある晩、寮を抜け出そうとしたら、寮長の奥さんに見つかったんで、王さんは、とっさに“今ちょうど帰ってきたところです”って(笑)。巨人のコーチ時代は、門限破りを繰り返すホリさん(堀内恒夫)を鉄拳制裁していましたが、“あんただって……”と思いましたけどね(笑)」(球界OB)
酒に目がない王氏だったが、あるときから変化が見られるようになったとか。「銀座で飲んでいても、8時になると決まって、“用事がありますんで”と言って店を出て行くんですよ。早稲田の鶴巻町にある荒川博コーチの自宅に行っていたんですね。そこで、一本足打法の特訓をしていたわけです」(前同)
ONのライバルだった“月見草”こと野村克也氏は、どうだったのか。「ノムさんも、ミスターと同じく下戸の部類。ただ、オネーチャンは大好きで、クラブやラウンジに出入りしていました。 これを危惧したサッチー(沙知代夫人・故人)は、目の届かない地方遠征の際は必ず、ナイターの前に講演会を2本入れていたそうです。ノムさんは、これをこなすのに必死で遊ぶ暇なんかなかった(笑)」(同)
■張本勲はよく喧嘩をして
10月に亡くなった金田正一氏は、豪快な人柄で知られた。ただ、こと野球に関しては真剣そのもの。繊細な顔を持っていた。
「国鉄のエースの座をつかんでも、決して慢心することはありませんでした。キャンプでは、チームと離れ一軒家を借りて自炊生活で体を作っていました。口癖は“脚で投げる”で、指宿(鹿児島)のキャンプでは、捕手の根来(広光)さんをおぶって、坂道を行ったり来たりしていましたね」(別の球界OB)
ロッテの監督になった際も、選手に走り込みを厳命したため、「マラソン選手じゃない」とチームから不満が出たとか。
その金田氏が弟のようにかわいがった張本勲氏は、やんちゃなエピソードに事欠かない。当人も自著(『張本勲もう一つの人生』新日本出版社)で、広島で過ごした中学、高校時代を、こう振り返っている。〈些細なことで、よくけんかをしていたのは事実です。それに広島はあの『仁義なき戦い』という映画の舞台になったところです。あのような人たちがなんだか格好よく見えて、よくまねをしてました〉
張本氏は幼少期に右手を大火傷し、自由に動かすことができなくなった。プロ入り後、そのハンデを克服するために血のにじむ努力が必要だったようだ。東映を皮切りに、日拓、日本ハムと張本氏の同僚として活躍した韓国球界の重鎮、白仁天氏が言う。
「キャンプ中、深夜にトイレに立ったら、廊下でハリさんが猛然と素振りをしているんですよ。私が驚くと、ハリさんは“練習は人知れずするものだ”と……」
■江夏豊は薬物で逮捕された際も
“闘将”の名で親しまれ、昨年1月に急逝した星野仙一氏も、エピソードの宝庫。
「中日の監督に就任して、初めて迎えたオープン戦でのこと。エースの郭源治の不甲斐ない投球に激怒した星野さんは、郭に“試合が終わるまで、そこで立ってろ!”と。郭は泣きそうな顔で、ずっと立っていましたよ」(中日関係者)
選手を怒鳴りつける一方で、ポケットマネーから監督賞を出していた。「球団の出す賞金よりも高価でした(笑)。だから選手は目の色変えて張り切っていましたよ。星野さんは後援会を持っていたので、そこから賞金を出していたんでしょう。とにかく、アメとムチの使い分けが見事でしたね」(前同)
続いて、“江夏の21球”でその名を球史に刻む江夏豊氏を見てみよう。「79年日本シリーズで見せた伝説の21球ですが、後年、“前日は朝まで漢字の勉強(麻雀の意)してた”と述懐しています。現役引退後の93年に薬物の所持と使用で逮捕された際も、売人レベルの52グラムを所持していたため、執行猶予なしの実刑判決を受けています。型破りな選手でしたね」(前出のデスク)
それでも古参記者いわく、「実力は怪物級」だったとか。江夏氏はルーキー時代から、周囲に「俺は節目の三振は、ONから取る」と公言していたという。
「プロ2年目の68年9月17日の巨人戦でのこと。王さんから三振を取って、稲尾(和久)さんが持つシーズン最多奪三振記録に並んだんです。あと1つで記録更新なんですが、江夏さんは次に王さんに打席が回るまで待って、やはり王さんから三振を取ったんです。その間は“打たせて取る”投球に徹したわけですが、その技術はもちろん、狙って王さんから三振を取れるのは怪物の証しですよ」(前同)
■薬物逮捕から復活を遂げようとしている清原和博
江夏氏同様、薬物による逮捕から復活を遂げようとしているのが、清原和博氏だ。現役時代は“番長”と呼ばれ、豪快に遊んだ。
「西武時代から六本木で遊んでいましたね。その筋の愛人に手を出して、フロントの根本(陸夫)さんが事を収めたことが何度もあった。巨人時代は、一晩の支払いが500万円を超えたこともあったようです」(前出のデスク)
こうした“夜遊びの伝統”を受け継いでいる現役組が日ハムの中田翔と巨人の坂本勇人だという。「見るからにやんちゃな中田は、大阪桐蔭高時代、気に入らない先輩を頭から乾燥機に放り込んだ逸話の持ち主。若手時代は常に財布に300万円入れて、すすきので遊んでいたと述懐しています」(前同)
巨人のキャプテン・坂本も、お盛んだという。「坂本は少人数の合コン専門ですね。イケメン捕手の小林誠司なんかとツルんで、シーズン中も、ちょくちょく遊んでいますよ」(同)
それでも、近年は豪快に遊び歩く選手は激減しているという。自身もやんちゃ伝説を数多く持つ、解説者の金村義明氏は、「時代の流れでしょうね。日本中が、コンプライアンスだなんだとうるさくなった。“夜通し飲んでいて、朝帰りしてホームラン”なんて選手は、今後は出てこないでしょうね」
う〜ん、残念。やんちゃ選手よ、永遠なれ!