日本のクリスマスにかけられた「呪い」の正体 (2/5ページ)
■日本に「クリスマス=デート」文化が生まれた背景
そもそも、クリスマスとはカップルがデートをする日ではありませんでした。一体、いつ頃からこの「クリスマスデート文化」が始まったのでしょうか?
◇ユーミンが起こした「恋人がサンタクロース」旋風
諸説ありますが、その大元のきっかけとなったのは、松任谷由実の「恋人がサンタクロース」という曲だと考えます。この曲は、1980年12月に発売されたアルバム『SURF&SNOW』に収録されていたものです。
この曲の歌詞が画期的だったのは、「クリスマスとは、恋人である男性がプレゼントを持って女性の家に来る」と歌っている部分です。
少なくとも1970年代まで、独身男女のクリスマスといえば、みんなでボーリングなどを楽しむグループクリスマスが定番でした。そんな中、ユーミンのこの曲は、「クリスマスは、カップルが2人きりで過ごす夜なのだ」という新しい提案でもあったのです。
この曲は、1982年に松田聖子がカバーし、全国的な認知が広まります。
◇赤プリがクリスマスカップルの聖地に
続く1983年には女性誌『anan』で、「クリスマス特集」が組まれることになります。
その内容というのが「クリスマスイブは素敵なレストランで過ごして、そのあとシティホテルで泊まり、ルームサービスで朝食をとりたい」というものでした。
奇しくもその年は、今の東京ガーデンテラス紀尾井町のある場所に、赤坂プリンスホテルがオープンした年でもあります。赤プリと呼ばれ、クリスマスにはカップルの聖地となりました。
男たちは、付き合っている彼女がいようがいまいが、半年前にホテルを予約します。じゃないと、部屋が埋まってしまうからです。それくらい人気でした。
もちろん、当時赤プリの宿泊料は高額でした。それにもかかわらず、どう見ても20代前半と思しき若いカップルが、イブの夜は大挙して宿泊します。