デルタフォースが人質奪還に初成功した「アシッド・ギャンビット作戦」30周年 (2/3ページ)

ミリタリーブログ



そして30年前の1989年12月19日、デルタフォースは人質奪還作戦を初めて成功させた。パナマの実質的な支配者であったマヌエル・ノリエガ最高司令官を排除し、同国におけるアメリカの国益を保護する「ジャスト・コーズ作戦」、その裏で行われた「アシッド・ギャンビット作戦」である。

アメリカ市民、後に反ノリエガ運動を支援するラジオ放送を主導していたCIA工作員と判明したクルト・ミューズをパナマ市内シティのモデロ刑務所から救出するという作戦に、4機のヘリに分乗した23名のデルタ隊員が参加した。

作戦は刑務所の屋上に着陸し、そこから監視塔の見張りを牽制しつつ、アサルター達が屋内につながるドアを爆破し突入、2階にとらわれていたミューズを救出しヘリで脱出するというものだった。1名はミューズが捉えられている部屋の窓の外にロープで降下しミューズを処分しにくるであろう守衛を警戒していた。

湿気によって爆薬のテープの粘着力が弱まるというトラブルがあったものの、突入からわずか6分で部隊はミューズとともに脱出。ヘリは銃撃を受け墜落するが、部隊は近辺の建物に潜伏しつつ上空のガンシップにストロボでシグナルを送り、付近を通りかかった第5歩兵師団の装甲車で脱出することに成功した。

この作戦にはラリー・ヴィッカーズもアサルターとして参加しており、その時の様子をディスカバリー・チャンネルのドキュメンタリーで証言している。番組は自身のYouTubeチャンネルで公開されている。
Combat Zone: Rescue in Panama featuring Larry Vickers - YouTube

ヒット・アンド・ランの単純な作戦ではあるが、パナマ運河の空母やガンシップとの連携には陸海空軍全部隊との調整をせねばならず、ミューズの投獄された位置や刑務所内部の詳しい情報を得るには高い情報収集能力が必要であった。
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