デルタフォースが人質奪還に初成功した「アシッド・ギャンビット作戦」30周年 (1/3ページ)

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デルタフォースが人質奪還に初成功した「アシッド・ギャンビット作戦」30周年
第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊、通称デルタフォースは、世界で最も有名な部隊の1つでありながらその全容は未だ明かされていない部分がある。アメリカが有する特殊部隊の中でも随一の打撃力を誇る彼らであるが、その実力を得るまでには長い道のりがあり、人質奪還作戦に成功したのは創隊から実に10年も経ってからであった。

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デルタフォースは1979年、対テロ戦闘部隊の必要性の高まりに応じて、英国特殊部隊SASをモデルに作られた。しかしながら初陣である1980年の「イーグル・クロー作戦」は記録的な大失敗となるなど前途多難であった。

軍事作戦においては、部隊を運用する諸々のシステムが整っていなければならない。デルタフォースは求められるレベルに対し、それを支援する作戦企画や兵站といった機能に不足があった。

その後もグレナダにおける「アージェント・フューリー作戦」において、総軍事司令部があったフォート・ルパートでの重要人物の勾留と、政治犯が収容されていたリッチモンドヒル収容所の解放という2つの任務を、第75レンジャー連隊と当時は「タスクフォース160」であったナイト・ストーカーズと共同で行ったものの、後者には失敗している。
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