20歳そこそこで泥沼恋愛をすると起こる5つのデメリット
「20歳そこそこで泥沼のような恋をするのはやめたほうがいい」と書くと、「じゃあ30歳そこそこになったら、いいんですか?」と思う人もいるかもしれませんが・・・・・・う~ん、べつにいいんじゃないでしょうか。
とりあえず、20歳そこそこで泥沼のような恋をすると起こるデメリットから、お話をしてみたいと思います。
泥沼のような恋って、たとえば振り向いてもらえない彼のために、受け取ってくれるはずもない手編みのセーターをコツコツとつくり続けているような、そんな見込みのない恋愛にどんどんとハマっていく甘えた恋のことです。
なぜ甘えるのか? なぜ彼に依存するのか? なぜ恋愛に依存するのか? といえば、当然淋しいからでしょう。なぜ淋しいのか?ほかに楽しいと思えることがないからでしょう。そういう男女が集まったらどうなるのか?うまくいけば楽しくなるし、でもたいていの場合は共倒れになる。依存とか甘えというものは、そういうリスクを持っているのです。
恋愛なんて、みんな自分がやりたいようにやればいいし、したくないのならやらなくても死にはしないものですが、20歳そこそこで淋しさを軸として恋愛をしていたら、
(1)淋しそうな人相になる(2)そういう顔をしていたら「それなりの」男しか寄ってこなくなる(3)そういう男はたいていカラダ目当てだからロクなことにならない
のです。また、淋しいと自暴自棄になっていたり、どんな男性であれ相手の期待に応えているうちは女性も淋しさを感じなくてすむというようなことがあったりして、
(4)恋愛依存・セックス依存の体質になる(5)そこから抜け出すのは簡単ではない
と、まぁざっくり言えばこういうことになります。
30歳そこそこになると、上の(1)から(5)のリスクくらいは「カラダで」よくわかっているので(つまり自分がやっている恋愛がどういうものなのか、20歳の頃より客観的に見ることができるので)、そこまで恋愛依存・セックス依存にはなりづらい、という傾向があると言えます。
20歳そこそこで、どうしても好きな男子に振り向いてもらえず、つい「手編みのセーターをもらってくれないのはわかっているけど、セーターを編み続ける女」になってしまうとか、そういうことをするくらいなら、恋愛以外で自分がやりたいことを見つけて、それを好きなだけやるといい。
もちろんそれが簡単に見つからないから、泥沼の恋愛にハマっていくのだろうと思います。そういう人は、淋しいという気持ちと、自分がとくにやりたいことがないということの共通点を考えてみると、何か解決するかもしれません。
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ひとつの共通点は、自分の気持ちにウソをついているということです。淋しかったら淋しいと言えばいいのに、それを言わずに、夜の闇にまぎれて人に言えない泥沼の恋にハマってゆく・・・・・・。やりたいことって誰でも1つや2つ持っているのに、そしてそこに踏み込むといいとわかっているのに、踏み込まない・・・・・・「自分の気持ちにウソをつく」とは、こういうことです。
ウソから解放されたとき、気がつくと淋しさは消えています。そして淋しさとうまく向き合える自分を20歳そこそこで持っておくと、あとの人生でうんと恋愛を楽しむことができます。ウソだと思うのなら、あなたのまわりにいるかっこいいお姉さんに聞いてみるといいでしょう。誰だって、多かれ少なかれ、泥沼のような恋になりそうなところを、すんでのところで回避して(人知れず淋しさと向き合って)、オトナになっているのです。(ひとみしょう/ライター)
(ハウコレ編集部)