ロシア史上最大の謎とされる「ディアトロフ峠事件」調査再開 真相は明らかになるのか (2/3ページ)
ひとつ確かなのは、一行がテント内でくつろいでいるときに、「何か」に驚き、慌ててその場から逃げ去ったという点であろう。テントを切り裂いて、着の身着のままマイナス30度の極寒世界に飛び出したのだから。
2019年7月に放送されたBBCの番組では、遺族の1人に取材をしている。ソ連軍からは遺族らに「真実は絶対に判明しない。これ以上は質問しないように」と伝えたそうだ。この時に遺族らはみな、一行の死に軍が関与していると思ったという。
事件現場から最も近い位置に住む人は、数千年以上前からこのあたりに住むのはウラル系民族の原住民、マンシ族だけであり、事件発生当初はマンシ族に疑いの目が向けられたという。同番組内ではマンシ族の男性に取材した。取材を受けた男性によると、現場からマンシ族の集落までは、近いといっても100キロ以上あるという。さらに一行が向かったオトルテン山は、マンシ語で「行ってはいけない山」と翻訳されているが、これは間違いで、実際は「風の舞う山」だといい、メディアはさまざまなストーリーを創作したという。一行の死因について、男性は、何らかの兵器が発射されて被爆したと考えているそうだ。当時、ミサイルのような飛来物を目撃した人が何人もいたという。
アメリカの映像作家が、著書「死に山」内で提唱した自然現象ヘアピン渦も、有力な説のひとつであろう。一行がテントを張った場所で、強力な竜巻と強風が発生。さらに周辺の地形が影響して超低周波が発生し、体調異変が生じたというものだ。超低周波は心臓にも影響を与えるため、呼吸がおかしくなり、パニックに陥ることもあり得るとしている。
ロシア検察は事件を、雪崩、強烈な嵐、雪の塊のいずれかが原因であるとしており、「自然の力」説を崩していないようだ。捜査はこの3つの可能性を、現代の技術を駆使して、検証するという。
2019日12月19日現在、ロシア検察から再調査の結果発表はない。調査結果がどのような内容であっても、論争の的になることは間違いなさそうだ。