女髷、服装…吉原遊郭のトップ遊女から流行した江戸のファッションの数々 (3/3ページ)
遊女から一般に広がった服装
遊女たちから一般女性に広がったのは、女髷だけではありませんでした。
遊女といえば「豪華絢爛で大きな帯を前結びにするなど、一般女性には真似のできない服装をしていた」という印象を持たれがちですが、実は服装も遊女から一般女性に広がり、定番となったものがあるのですよ。
たとえば華やかな「打掛け」は、現代では和装の花嫁が結婚式で着るものですが、元々は武家や大奥などの高貴な女性たちが日常的に羽織っていたものが、後に花魁などの高級遊女の正装となったものでした。
花魁はお客にとって「一夜妻」。吉原の花魁が豪華絢爛なのは花嫁衣装の意味も込められていたまた現代の着物の着付けには欠かせず、最近では洋服でもシャツなどの「こなれ感」を演出するために使われることがある「抜き襟」も、元々は遊女が背中やうなじの露出面積を大きくしてセクシーに見せるために始めた着付け法が「粋」とされて流行し、一般に広まっていったものでした。
吉原の遊女の「粋」は決して過去のものではなく、現代にも受け継がれているものだったのですね。
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