女髷、服装…吉原遊郭のトップ遊女から流行した江戸のファッションの数々 (2/3ページ)

Japaaan

(他にも「兵庫桶」という方手桶に形が似ていた、「兵庫鎖」に似ていたなど、諸説あり)

立兵庫/Wikipedia「立兵庫」

「勝山髷系」は、言わずと知れたトップ遊女・勝山が始めた髪型という説が最も有力で、やがて既婚や年増の女性の一般的な髪形「丸髷」へと発展していきました。

丸髷/Wikipedia「丸髷」

「島田髷系」も、歌舞伎役者が結っていた「若衆髷」と呼ばれる男髷が変化したものという説がある一方、東海道の島田宿の遊女が結っていた髪型だったという説も有力となっています。現代でも、芸妓さんの「島田髷」や花嫁の「文金高島田」などとして残っています。

ちなみに「笄髷系」だけは宮中の女官などの上流階級から始まり、現代では京都の舞妓さんが「襟替え」をして芸妓となる前の最後の髪形「先笄(さっこう)」などが残っています。

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