名もなき河童の伝説…浅草の問屋街「合羽橋」の名前の由来には妖怪「河童」も関わっていた (2/2ページ)

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この河童は昔隅田川で死にかけていたところ喜八に助けられた河童で、その恩返しに工事を手伝っていたのでした。

伝説はこれだけでは終わらず、この河童たちを見た者が商売を始めるとなぜか繁盛するということで、たちまち評判になります。

住民達は新堀川にかかる橋を喜八にちなみ「合羽橋」と名付け、喜八が亡くなると曹源寺に手厚く葬りましたが、この徳をもたらしてくれた河童も同じ曹源寺に祀り、感謝したということです。

喜八の墓は今でも河童堂の前にあり、曹源寺には河童の手なるものも奉納されているそうです。喜八と河童はどのような会話を交わしたのでしょうね。今でも隅田川に河童がいたらいいなぁと思いませんか?

浅草にまつわるほっこりとしたお伽噺でした。

参考サイト:曹源寺

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