野村克也・月見草84年の真実(終)爆笑・感涙・ア然「三冠エピソード集」〈2〉 (2/2ページ)

Asagei Biz

「野村さんが沙知代さんに頭が上がらなかったのは、永遠の野球小僧で、他のことは何もできなかったからですよ。辣腕芸能マネージャー的な存在の沙知代さんが、生活から仕事まで全て仕切っていました」

 沙知代夫人と連れ添ったことで、野村氏の人生は激しくドラマチックになった。南海時代、不貞関係にあった沙知代夫人との交際問題が退団のきっかけになったことは有名だが、

「実はそのあとに移籍したロッテでも、金田正一監督の後任監督になることがほぼ内定していた。そこで先走った沙知代さんが内示前に村田兆治氏ら主力選手にあいさつの電話をかけるなど大暴走して、フロントが大激怒。話が流れたこともありました」(球界関係者)

 しかし一方で、野村氏の野球人としての道を切り開いてきたのもまた、沙知代夫人だったのである。

「縁もゆかりもないヤクルトで監督になれたのは、沙知代さんのおかげ。懇意にしているヤクルト本社の関係者を通じて、野村さんを売り込んだんです。野村さん本人は『当時の相馬和夫球団社長の熱意に胸を打たれた』とあちこちで語っていますが、裏側にはそんな内助の功があったんです」(球界関係者)

 昭和と平成のプロ野球を表と裏で支えた巨星に合掌─。

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