普段通り過ぎている神社仏閣を敢えて覗いてみると面白いことが見つかる (3/4ページ)

心に残る家族葬

更にその下には、花を挿した花瓶が一瓶、線刻されている。

一方、背後の板碑は頭部が欠け、全体的に摩耗し、彫られている本尊や文字が判読不能である。そのため、これがいつ造立されたものなのかはわからない。

だが、手前の板碑は、「武蔵型板碑」とは若干異なる特徴を有している。それは、通常のものは頭部を三角形に尖らせているだけなのだが、この板碑の場合、三角形の頭部の正面側全体を斜めに切り込むことで、板碑そのものが立体的に見えるような工夫が施されているのだ。それはとても珍しく、この板碑を含め、寄居町内ではたった4例しか見られないものだという。それゆえ、鎌倉時代後期に造立された「初期型」のこの板碑は、旡動寺氏など、有力な土地の武士によって、他のものとは違う「特別な仕様」が施された可能性が大きいと考えられている。

■自分だけの大切な場所や空間を作る


昨今ではちょっとネットで調べると、即座に「おすすめ」「インスタ映え」する観光スポットを見つけることができる。そしてそれに「釣られる」ようにその場所に行き、自分もまた、SNSにアップロードしてしまうことが当たり前になってしまってさえいる。しかし、そればかりでなく、「地味だし〜」「すぐ近くだから、いつでも行けるし〜」などと、通り過ぎてしまっているような神社仏閣をあえてのぞいてみるのもいいのではないか。

そこで、仮に「面白いもの」を見つけたとしても、それをいちいち不特定多数の人々に向けて発信するのではなく、心の奥にそっとしまっておく。そうすることで、全てとは言わないが、ネットに限らず、自分が「縛られているもの」「囚われているもの」「気にしているもの」から解放され、ほんのわずかの間でも、「自由」になれるのではないか。

人はしょせん、いつかは必ず死ぬ。その「縛り」がある限り、人間を含む全てのいのちには「自由」がない。だからこそ、束の間の「自由」を大切にすることで、日々死に向かっている自分のいのちそのものを大切にすることにもつながるのだ。

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