マヤ文明時代に作られた都市へとつなぐ長さ100kmもの白い道、最新のレーダー技術で明らかに (2/3ページ)
木々に覆われて見えなかった家屋、農園、大きなピラミッドのようなものがあるのがわかるimage credit:Traci Ardren and Dominique Meyer/University of Miami
・いくつもの町を経由して目的地へとつながっていた人工道
1930年代に行われた調査では、この道はまっすぐ走っているものと考えられていた。だが、今回のライダー測定からは、この巨大な道はいくつもの町をまいて、寄り道をしながら最終目的地まで伸びていることがわかった。つまり、この地域周辺に住む大勢の人々を結びつけていた人工の大通りだったのだ。
この道は、女王カウィール・アジョーが、チチェン・イツァ帝国の脅威に備える領土拡大の下準備をするために建設されたのではないかと、研究著者は推測する。コバーは、迫りくる侵略の脅威に対抗する堅固な足掛かりとして、ユカタン半島の中心で孤立しているヤシュナの町を手に入れようとしていたのかもしれない。
「道ができたのは、紀元700年少し前の古典期の終わりで、コバーが領土の拡張政策を推し進めていたときと一致しています」マイアミ大学人類学教授の考古学者、トレイシー・アドレンは言う。
コバーの石碑にある絵。偉大な白い道を築いたかもしれない女王戦士が描かれているimage credit:University of Miami
「力をたくわえて、チチェン・イツァの台頭に対峙しようとしていたのかもしれません。そのために、ユカタン半島の中心に確固たる砦が必要だったのです。この道は、コバーが力を維持するための最後のあがきのひとつだったのかもしれません」
研究チームは、コバーとヤシュナの境界に連なる建造物群の遺跡の発掘も行った。この夏には、3度目の発掘調査をする予定だ。