東京都葛飾区堀切にある浄慶庵の「湯殿山供養塔」について調べてみた (3/4ページ)

心に残る家族葬

上人は生前、今日で言う医療福祉や社会事業に努め、死後は即身仏となることで、すべての人々が悟りの境地に至ることを目指した。こうしたことから、湯殿山は「究極の聖地」とみなされるようになったのだ。

■湯殿山を中心とした信仰が関東にも伝わった

江戸中期以降、出羽三山信仰は、今日の東北圏のみならず、信越、そして関東一円にまで急速に拡大した。その信仰の中心的位置を占めていたのが湯殿山で、縁年とされる丑年には、大勢の参拝客が訪れ、五穀豊穣・海上安全・家内安全・無病息災・病気平癒を祈願したという。そして、実際に湯殿山を訪れた人々によるのか、または湯殿山を訪れた人々にご利益があったことを聞き知った人々によるのか、出羽国から遥か遠く離れた関東の地に、湯殿山の供養碑が多く造立されたという。葛飾・堀切の浄慶庵にある供養碑は、そのような時代の要請に先駆けるものだったのだろう。

■短い人生でいつ終わるかわからない不安を克服するために霊山・湯殿山に皆向かった

今日、一部の著名人が、自分が生きている内に世話になった人たちに、長年の感謝の念を表したいとして、「生前葬」を行うことはあっても、一般の人にまでそれが広まっている状況とは言えない。しかし、今となっては廃れてしまった仏教儀式の「逆修」もまた、今日の「生前葬」と似た側面があるのではないか。

厚生労働省によると、2018年における日本人の平均寿命は、男性81.25歳、女性87.32歳と、過去最高を記録した。しかし、安土・桃山時代であれば、平均寿命は30代、江戸時代ならば、32〜44歳だったと言われている。人がある意味、簡単に死んでいたのだ。それは、現代の医療技術や、一般の人々が有する、健康・病気に対する知識が当時の比でなく進歩しているからであるのは言うまでもないのだが、だからこそ、いつ自分が死ぬかわからない不安感や恐怖心ゆえに、まだ自分が生きているうちに、と、霊山・湯殿山に救いを求め、逆修を行ったのだろう。

■最後に・・・

今日の、世界的規模での新型コロナウイルス流行に伴い、多くのデマの流布、マスクやトイレットペーパーの買い占めが続いている。

「東京都葛飾区堀切にある浄慶庵の「湯殿山供養塔」について調べてみた」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る