マンモスの骨で作られた2万5000年前の謎めいたボーンサークルが発見される(ロシア) (3/4ページ)
だが過去の研究では、氷期の乾燥したステップであっても、コステンキ遺跡周辺の川沿いには針葉樹の森が残っており、これを求めて人間が集まってきただろうことが示唆されている。
だが、もしそうした人々がボーンサークル内で生活していたのでなければ、なぜ火を起こしたのだろうか?
ボッシュ氏によると、古来より火は熱源や光源として利用されており、肉を保存用に加工したり、道具の先端に石を接着する膠を作り出したりと、普通の道具と同じ認識をされていたという。
だが、今回のボーンサークルにおいては、直感的には照明として利用されていたように思えるそうだ。
Antiquity, Alex Pryor.
仮に、論文で述べられているように、ここが食糧保存庫だったのだとすれば、肉を乾燥させるために火を使った可能性もあるそうだ。床から動物の脂が落ちた痕跡でも見つかれば、そのことを証明できるだろうという。
また当時の人は野菜の寄せ集めのような食事を食べていたようだ。木炭から植物の組織が発見されているからだ。類似の遺跡から植物が発見されたのも初めてのことだという。
現時点では、植物の種までは特定できていないが、現在のニンジンやジャガイモのような塊根に含まれるものに似ているそうだ。
・大量のマンモスはどこから?
そもそも60頭ものマンモスをどこから手に入れたのだろうか? 今のところ、当時の人間がマンモスを狩猟したのか、それとも遺体の骨を採集したのかどうかは不明だ。
パット・シップマン氏(ペンシルベニア州立大学。研究には不参加)によると、マンモスやゾウなど、長鼻類の動物は賢く、現代の銃器をもってしても群れ全体を狩猟するのは難しいのだという。そのため、当時の人間が一度に60頭のマンモスを狩ることができたとは思えないそうだ。
むしろ、遺跡の地形に秘密があるに違いないという。