歴代総理の胆力「大平正芳」(3)角栄は大平を「宗教家」と評した (2/2ページ)

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自民党が首班指名で別々の候補に投票するなどということはそれまであり得なかったことで、まさに党分裂寸前の異常事態であった。最終的な衆院本会議での決着は、自民党議員票が大平138票。福田121票でからくも大平の総理「続投」が決まったのだった。大平「続投」の陰に、田中角栄の必死の票取りまとめがあったことは言うまでもなかった。

 この首班指名のあと、かろうじて党分裂は避けられたが、自民党内は幹事長や閣僚人事を巡ってモメ続けた。一応のケリがついたのは、総選挙の日から数えて満40日間のゴタゴタだったことから、この権力抗争はそれまでの自民党の抗争では最大の「40日抗争」との名が残っている。

■大平正芳の略歴

明治43(1910)年3月12日、香川県生まれ。東京商科大学(のちの一橋大学)卒業後、大蔵省入省。昭和27(1952)年10月、衆議院議員初当選。昭和53(1978)年12月、大平内閣組織。総理就任時68歳。昭和55(1980)年6月12日、衆参同日選挙のさなかに急性心不全で死去。享年70。

総理大臣歴:第68・69代 1978年12月7日~1980年6月12日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

「歴代総理の胆力「大平正芳」(3)角栄は大平を「宗教家」と評した」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2020年 3/26号大平正芳内閣総理大臣小林吉弥田中角栄社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
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