知られざる参勤交代のあれこれ。大名行列は派遣頼み?江戸では土下座をしなかった? (2/3ページ)

Japaaan

大名行列は派遣頼み?

初期の大名行列では宿から宿へ荷物をリレー形式で運ぶ「宿継人足」が使われていましたが、何度も雇い直しをするため、手間と手間賃がかかり悩みの種でした。そこで現在の請負業者に似た、「通日雇」という人足が登場。国許から江戸までの荷物を運ぶというので、多くの藩が頼ることになりました。

すると更に通日雇を専門に斡旋する「六組飛脚問屋」という業者が登場。現在でいうと派遣業者というところでしょうか。駕籠かきや槍持ちもさせていたというから、驚きです。

また江戸詰めの期間中、上屋敷から江戸城へ登城する行列にも日雇人が雇われていました。そのため、「桜田門外の変」では、当主の井伊直弼を守るべき家臣が少なかったため、命を落とした一因ともいわれています。

江戸では土下座なし?

時代劇ではよく平民が、大名行列に出くわすと慌てて土下座する場面が描かれますね。しかしこれ、頻繁に大名行列に出くわすことの多い江戸の中では、平民は土下座する必要はなかったのです。

「下にぃ、下にぃ」といって土下座させられるのは、将軍家・御三家・御三郷だけで、他の大名は「寄れ」といって脇に寄らせるだけでした。

ちなみに他の大名も将軍家・御三家・御三郷に出会うと、藩主が駕籠を下りて挨拶しなければなりませんでした。

地方の大名たちが「下にぃ~」と威張れるのは、江戸の領域を出てから。自分の領地に戻ると更に強い態度を取っていたようです。

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