江戸時代の遊女は「生理の日」どう対処していたの?遊女が行っていた驚きの生理対策 (2/3ページ)

Japaaan

遊女たちの借金は妓楼へ売られてきたときの身代金だけでなく、豪華な着物や装身具、布団などの備品をはじめとする諸経費が加算されていったため、トップクラスの遊女でも年季明けまでに完済することは不可能と言われていました。

妓楼の方も遊女に休まれては儲からなくなるため、簡単に生理休暇を認めていたとは考えられません。

遊女が行っていた驚きの「生理対策」とは?

では、生理の日の遊女はどうやって仕事をしていたのでしょうか?

実は妓楼には「身上がり」といい、遊女が自分で自分の揚げ代を支払って休むシステムがありました。
これは遊女がお金のない恋人と会うために行うことが多かったのですが、生理で休みたいときにも使われていました。

また人気の遊女の場合には、上客や馴染みの客に店へ来てもらって休むこともあったといいます。

どうしても休めないときは、「素股」でごまかすという必殺技を使う遊女もいました。

ちなみに、近年の性風俗店の中には「生理中の娘だからこそイイんだよ」という「生理フェチ」向けの専門店が登場し、生理休暇中の風俗嬢が掛け持ちで勤務しています。おそらく当時も、そのような変わった性癖を持つ客が生理中の遊女を指名することがあったかもしれません。

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