400年前、仙台城下に張られた”六芒星の結界”は今も生きているのか?その1 (2/3ページ)
【三合の理(さんごうのり)】
仙台の街には多くの呪術が施されていますが、特に子午の呪術を見ると城下に現れた六芒星の意味がわかってきます。北を頂点とした三角形と、南を頂点とした三角形が重なって六芒星を形成しています。
易経では、誕生・盛ん・死の三種の変転を生(せい)・旺(おう)・墓(ぼ)とした「三合の理」というものがあり、それを十二支へ配当して図で表すと正三角形を描きます。この時、北を頂点とした三角形を「子の三合」、南を頂点とした三角形を「午の三合」と呼びます。
このふたつを重ねると六芒星となり、子午の呪術と考えることができるのです。
そして、易経には「天・地・人」の「三才」というものがあり、これが揃うと大吉相になると考えられています。
子午の三角形を先天易で「天・地」と見ると、城下の人を加えれば「三才」が完成することになります。
【近畿の五芒星】
唐の都長安を模倣して、日本に本格的な都が作られたのは奈良の平城京です。その後都は京都に移り平安京となりますが、この時代に活躍した陰陽師に安倍晴明という人がいます。(仙台出身の羽生結弦選手が演じた「SEIMEI」ですね)
天皇が政治の中心にあったとき、国の機関に陰陽寮というものがあり、いわゆる国家公務員であった陰陽師たちは、中国古代の陰陽五行説と密接な関連を持つ天文学、暦学、易学、時計、占い等を仕事としていました。
都に結界を張るのも陰陽師の重要な役目です。「近畿の五芒星」は、日本神話に登場する五か所の聖地を結んだレイラインですが、世界的にも類を見ないほどの巨大さです。