400年前、仙台城下に張られた”六芒星の結界”は今も生きているのか?その1 (3/3ページ)
星形を作る一辺が111km。当時の測量技術からして天文観察によるものと考えられますが、それにしてもこの正確さは驚異的です。
仙台の六芒星は一辺が約4kmですから、日本地図上で比べてみるともはや「点」にしか見えません。六芒星は、ユダヤ教では神聖な図形としてイスラエルの国旗にも描かれダビデの星と呼ばれていますが、日本でも古来より五芒星や六芒星は、魔除けの図形として用いられてきました。
伊達政宗公は、安倍晴明の子孫である土御門家(つちみかどけ)の当主を仙台に招いて接待したという記録が残っているようで、六芒星の結界を張るために陰陽師を呼んだのではないかと想像します。
また、京都五山を模して仙台にも北山五山を配していますし、六道の辻もあり、政宗公の街づくりはかなり京都を意識していたと思われます。
正室の愛姫は豊臣秀吉の人質として京都の聚楽第に住み、愛姫と政宗の第一子である五郎八姫(いろはひめ)も京都で生まれ育ちました。伊達政宗の美意識は、安土桃山文化の影響を受け、寺社建築にも取り入れられています。
結界は、怨霊悪霊や魑魅魍魎(ちみもうりょう)など姿の見えない敵から城下を守るための「呪術」です。
現代においても除夜の鐘、節分の豆まき、雛流し等々呪術は身近に存在していますが、都を守る結界というものは、今も生きているのだろうか。
【その2 へつづく】
参考:星の街仙台
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
