偲ぶつもりだった。でもなぜか笑っていた。志村けんと生と死と笑い。 (2/3ページ)

心に残る家族葬



筆者の知る限りこの追悼番組は世間でも好評で「不謹慎」などとクレームの声もなかった。喜劇王を偲ぶ時間に涙はいらなかったのだ。

■「笑い」に対するイメージや偏見

笑い、喜劇、コメディといったものはいつの世も、どのジャンルでも一段低く見られてきた。人間には馬鹿馬鹿しいものより、難解なことや、苦しみ悲しみの表現の方が奥深く高尚だと思う傾向があるようだ。美術の世界でもロダンの「考える人」、ムンクの「叫び」など、苦悩、慟哭、思慮…などが好まれる。肖像画の類はほとんどが真面目な仏頂面であるし、稀に笑顔が描かれるとしても、モナリザの微笑や、仏像のアルカイックスマイルといった微妙な表情でどこか深みを持たせようとするものだ。裏表の無い哄笑、爆笑といったモチーフにお目にかかることはほとんどない。

■「笑い」は生きることの楽しさを伝えている

数少ない例としてフランス・ハルス(1582〜1666)の絵画がある。ハルスは「陽気な酒飲み」「微笑む騎士」など、生き生きとした表情を捉えた筆致を得意とし「笑いの画家」と呼ばれている。同時代のレンブラント(1606〜69)の肖像画と比較すると、レンブラントの静寂な雰囲気を醸し出す絵画の方が何となく深みがあるような気にさせる。笑いには不真面目で底の浅いなイメージがあるのだろうか。しかし笑顔は人間の魅力を最大に引き出すものである。ハルスの絵は笑顔を通して生きることの苦しみより楽しさを伝えている。仏像では、密教の十一面観音像の背後に「大笑面」がある。アルカイックスマイルとは対照的な笑い声が聞こえてきそうな、まさに呵々大笑といった面持ちである。生を苦とする仏教において、生きることを肯定し生命を賛美する密教ならではの表現である。
これは想像だが例えば肖像画のモデルはとりすました表情でないと長時間保たないというのもあるのではないか。笑顔のままでいるのは困難であるし苦痛に変わる。笑顔は動いている。笑顔は一瞬である。笑いは生きている者の特権、生命の表現なのだ。

■「笑い」の医学的効用

笑いと生命といえば、笑うことでがん細胞を駆逐してくれる免疫細胞のひとつNK(ナチュラルキラー)細胞が増えるという話がある。
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