楽しんで長距離を走るように、格闘家人生を送りたい

日刊大衆

弥益ドミネーター聡志
弥益ドミネーター聡志

バナー題字・イラスト/寺田克也

企業に勤めながら、プロ格闘家として活動する弥益ドミネーター聡志。5月6日には王者として2度目の防衛戦となるタイトルマッチが予定されていた。結果的に試合は中止となったが、新型コロナウィルスの感染が拡大する日々を、いかに格闘技と向き合っていたのか。感染者数の減少が伝えられるなか、収束を待つチャンピオンに、この間の心境を聞いた。

「試合は流れて正解だと自分のなかでは結論づけていました。でも本当は戦っていたんだなとか、65.8キロまで落としていたんだなとは思ってしまいましたね。本来は創り上げているべき日に、そんなことを考える。格闘家として進むべきラインから凄く離れてしまった。下降線を下っている自分を感じました」。5月6日、DEEPフェザー級チャンピオン弥益ドミネーター聡志はこんな風なことを想っていたという。

 弥益はこの日、2018年10月に獲得したベルトの2度目の防衛戦を牛久絢太郎を相手に行うことが決まっていたが、「DEEP 95 IMPACT」は緊急事態宣言が発表されるのと前後して中止が発表された。

 弥益はその発表を受け、「私が防衛戦を行う予定でしたDEEP後楽園大会が、コロナウィルス流行の影響により中止となりました。もし予定通り開催されるようであれば返上覚悟で欠場の申し入れをしなくては、と考えておりました。佐伯代表のご英断に感謝致します」と心情をツイッターに綴っている。この試合のオファーがあったのは3月に入ってからだった。DEEP自体3月1日には後楽園ホールでイベントを開催している。

 知っての通り、3月の最初の2週間で新型コロナウィルス感染症の感染拡大は日本格闘技界だけでなく、アジア、欧州、北米と世界中を瞬く間に巻き込み、延期と中止の情報に満ち溢れるようになる。弥益がここまでハッキリと格闘技イベント開催に異を唱えることができるのは、彼には本職があるからだ。

 運動経験は中学時代の卓球のみだった彼は、高校生の時にPRIDEのDVDにハマり、DREAMを視聴するようになる。一浪して筑波大学に進学するや、MMA(総合格闘技)の練習を始めるようになった。弥益にとってMMAは憧れの選手の活躍を追うモノ。それは実際にアマからプロへと試合を重ねても変わらなかった。大学院に進み、自由の身もあと半年となった時に川尻達也が所属するT-BLOODで、格闘技漬けの生活を送った。人生でただ一度の時を過ごし、食品企業のサラリーマンとして東京に戻り練習を許される範囲で真剣に続けた。

 

11勝のうち、アグレッシブな打撃を武器に6つのTKO勝ちを収める 11勝のうち、アグレッシブな打撃を武器に6つのTKO勝ちを収める

■コロナや家族の言葉を受けて

 DEEPフェザー級の頂点に立ってなお、「格闘技一本でやっている選手が、僕なんかに負けるのがおかしい。僕にとって格闘技は趣味。強くなることが楽しいから続けていて、MMAに見返りを求めていない。サラリーマンをしていて生活の基盤があるからこそ、格闘技が楽しめるんです」という持論を持ち続けていた。

 それゆえにコロナの時代を迎え、急激に社会が変わるなかで、この時期に格闘技イベントが存在し、自分が戦うことに疑問を感じるようになっていく。自身は満員電車に揺られ通勤しつつも──。

 昨年、第一子が誕生した彼に、まず奥方から「できればやめて欲しい」という言葉が聞かれた。試合までカプセルホテルに宿泊し、家族と離れて練習を続けることも頭にあった弥益だが、3月22日にK-1がさいたまスーパーアリーナで決行され、社会の目が格闘技自体に厳しくなるなかで、練習頻度は減っていった。オフィスでは冗談口調であるが、格闘技をしていることを揶揄されることもあった。

 4月、在宅勤務となり、弥益は対人練習を行うことはなくなり、欠場を申し入れることで気持ちは固まった。彼自身、職業格闘家にとって格闘技が不要でないことは理解している。ただし、趣味程度で濃厚接触の機会を設けることに対してでも、ハッキリと異を唱えていた。「経済活動の自粛と感染者拡大の関係については、答は出ないです。でも、僕にとって格闘技は非日常を楽しむモノ。だからこそ正常な日常があって、初めて楽しむことができる」と。

 そんななか4月17日には「Road to ONE 02」が会場非公開、無観客大会で開かれた。ケージの周囲には防護服で身を固めたスタッフの姿が立ち並ぶ大会を弥益はABEMAのライブ中継で視聴した。

「久しぶりの格闘技イベントを待ち望む気持ちがある一方で、後ろめたさも感じました。結果的に2週間後まで感染者はいないということも報じられましたが、視ている時はあの場で感染があると格闘技に対するネガティブな報道がされ、立場が悪くなるという気持ちがありました。なので100パーセント楽しめる心境ではなかったです」

■コロナ明けのブランクを恐れて

 コロナの時代のなかで、格闘技に限らずあらゆるスポーツが死に絶えないために、興行という形で動き出すことは否定できない。業界の人間の多くが、この大会に関して反対意見を口にしないなか、弥益はここでも持論をハッキリと口にした。

 勇気が必要な発言だ。真剣に「Road to ONE 02」の開催に向き合っていた選手、関係者と同様に弥益が、真剣に格闘技に向き合っている証といえよう。

 格闘技が生業かそうでないかはこの際、関係ない。どれだけ格闘技と真摯に向き合っているのか。その選択肢が試合を戦う、大会を開く、戦わない、開かないという結論に至るだけで、弥益は決して傍観者ではなかった。

 弥益は自身が試合をするはずだったゴールデンウィークを終え、電車に乗ってオフィスに向かった。

「自粛期間、連休中でも社会は動いているので、やってしまわないといけない業務は溜まりますからね。出勤時間をずらしたり、事務所にいる時間を短くしていますが週に一度ぐらいは出社しないといけない日が出てきます。ゴールデンウィーク明けは気持ち、電車に乗っている人も多かったですね」

 と弥益は言う。

 その一方で格闘技仲間との接触は今もない。ごく親しい仲間とLINEで技術の話をし、試合映像をチェックすることで、気持ちを紛らせている。

 海の向こうの話ではあるが、世界最高峰のUFCが無観客大会ながら活動を再開させた。「UFCが再開するので、凄く楽しみです。そうやって練習したいという気持ちを抑えます。でも本当に練習したくてしょうがないです。自分の動きが、コロナ前に戻るのか不安もありますし」

 弥益は積み上げてきたものを、1ヵ月以上も練習しないことで失ってしまうことを懸念する。試合感覚だって鈍るだろう。「だから僕は、高みを目指す選手は、1日も無駄にできないという強迫観念にかられ、練習することは否定できないんです。僕だってまた強くなっていると感じられる練習ができるのか、戻ることができるのか気に病みますから」

■コロナを生き残るということは、コロナ後を生きること

自宅に用意したトレーニング・ルームでウェートトレニーングを続けている(本人提供) 自宅に用意したトレーニング・ルームでウェートトレニーングを続けている(本人提供)

 今、弥益は自宅に創ったトレーニング・ルームでウェイトトレを行い、早朝に夫人を伴って公園へ行くと、互いにミットを持ち合っているそうだ。

「彼女は全く格闘技経験なんてないのに、意外とミットを持つのが上手くて。体が鈍っているのもありますけど、息が上がるぐらい力いっぱい打ち込んでいます」──そう言った弥益は、今回の電話取材で初めて笑い声を挙げた。

 弥益はわきまえている。このような時代だからこそ、思い切った行動をとる人間がいることを理解したうえで、慎重な姿勢を貫く。

「僕は短距離を走っているわけじゃない。長距離を長く楽しんで走りたい。そういう格闘家人生にしようと、社会人になった時に決めたので。だから今は我慢の時。格闘技が長く皆に愛される環境を失わないためにも、今を見過ぎない。これからも格闘技の練習を、胸を張ってできるように、今は社会に対して誠実でいたいです」

 コロナを生き残るということは、コロナ後を生きることに通じている。その真理を弥益はしっかりと理解できている。

(取材・文=高島学)

弥益ドミネーター聡志(やます ドミネーター さとし)

1990年茨城県生まれ。総合格闘家。team SOS所属。大学在学中にMMAの練習をスタートさせ、アマチュア大会を経てプロデビュー。DEEPを主戦場に勝ちを重ね、2018年10月、芦田崇広に勝利し、第9代DEEPフェザー級現王者に。MMA戦績15戦11勝4敗(2020年5月現在)。
Twitter:@ mma_pierrot Instagram:mma_pierrot

高島 学(たかしま まなぶ)

1967年9月28日生まれ。兵庫県神戸市出身。UFCを始め、海外で行われているMMAイベント及び、国内のケージ使用MMA大会、国内外の柔術&がグラップリング大会の情報、試合レポート、選手や関係者のインタビュー等を配信する専門サイト『MMAPLANET』を運営するとともに、『FIGHT&LIFE』『GONG格闘技』の専門誌で執筆活動を続ける。

http://mmaplanet.jp/

「楽しんで長距離を走るように、格闘家人生を送りたい」のページです。デイリーニュースオンラインは、格闘技エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る