口は禍の元!日本神話の英雄ヤマトタケルが悲劇を招いた失言ワースト3 (2/5ページ)
月岡芳年「月百姿 小碓皇子 賊巣乃月」
しかし勝利を重ねて慢心したのか、得物である「草薙剣(くさなぎのつるぎ。三種の神器の一つ)」を置いて丸腰で伊吹山(現:滋賀県と岐阜県の境)の神に挑もうとして祟られ、命を落としてしまいました。
「倭(やまと)は国のまほろば たたなづく青垣 山隠(ごも)れる 倭し麗(うるは)し」
【意訳】倭(=大和国。現:奈良県)は日本でもっとも素晴らしい。豊かな自然に囲まれ、本当に美しい
望郷の念に辞世を詠んで亡くなったヤマトタケルですが、その魂は一羽の白鳥となり、天高く飛び去ったのでした。
父に認めて欲しい一心で数々の困難を乗り越え、英雄的な活躍を果たしながら、ついに願いの叶わなかった悲劇の人生は、今も多くの人に愛されています。
そんなヤマトタケルの悲劇は、どんな失言によってもたらされたのでしょうか。
失言その1:実の兄を「ねぎし」ちゃったヤマトタケルある日のこと。幼いオウスは父・景行天皇と毎日朝夕の食卓を囲んでいましたが、双子の兄・オオウスノミコ(大碓王)は出て来ませんでした。それと言うのも、オオウスは父からだまし取った美人姉妹(※父には別の女性を献上)に夢中で、一日じゅういちゃついていたためです。
美人姉妹については見逃したものの、あまりにふしだらな生活を見かねた景行天皇は、気心が知れている双子のオウスに
「ねぎし教えさとせ(ねんごろに=よく言って聞かせなさい=ふしだらな生活を改めるように)」
と命じました。オウスは二つ返事で承るとさっそくオオウスの部屋に行き、ほどなく帰って来ました。
……しかし、5日経ってもオオウスは食卓にやって来ないので、訝しがった景行天皇はオウスに「ちゃんとオオウスをねぎし教えさとしたのか?」と確認します。