『半沢直樹』出演・丸一太インタビュー「役者人生は、ジャンケンに負けたことがきっかけ」 (2/3ページ)

日刊大衆

当時、法学部の3年生だった僕は、特になりたい職業もなく、将来の夢もなく、進路を決めかねていました。そんな中、ゼミで卒論の代わりに、「模擬裁判」の劇をやることになったんですね。そして、役割分担をジャンケンで決めることになり、僕は負けて“演者”になりました。

 ところが、この劇で僕は“演技の面白さ”にすっかり取り憑かれてしまいました。もともとドラマやマンガが好きでしたし、見に来てくれた友達からも“よかったよ”と褒めてもらえた。そこで眠っていた芝居心が目覚めたというか、やっと“なりたいもの”に出会えた気がしたんです。

■テレビドラマに出演し始めたのも、親孝行の気持ちから

 でも「大学を中退して、東京に行って役者になる」と家族に言ったら、親父に泣かれまして(笑)。卒業だけはすることにしましたが、同級生が就職活動する中、東京の専門学校に申込書を送って、学校見学をしに行っていました。

 もちろん、役者になれる保証はありません。でも“役者”は僕が人生で初めて見つけた夢。なんとなく大学まで進んで、なりたい職業がないことは、僕にとってずっとコンプレックスでした。やっと夢中になれることが見つかったうれしさに、後先考えず、ただ突っ走った感じですね。そして、その後は舞台の世界でずっと頑張ってきて、今でも演じることに夢中です。今後はさらに活躍の場を広げて、これまでお世話になった、支えてくれた方々に恩返しができたらと思っています。

 実は、テレビドラマに出演し始めたのも、親孝行の気持ちからでした。テレビのお仕事は、長らくお断りしていました。僕にとっては、舞台に立つことが、なにより楽しかったんです。

 ただ、父が難病にかかり、東京まで舞台を見に来るのが難しくなってしまった。テレビなら田舎でも見られます。親不孝をして役者の道に進んだものですから、“これで父に喜ん
でもらえるなら……”と、初めてテレビドラマ出演を決めました。

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