歴代総理の胆力「羽田孜」(1)64日間の短命政権 (2/2ページ)

アサ芸プラス

「いまの自民党は“おごり”と言われるが、むしろ惰性の固まりと思っている。“おごり”があるくらいなら、“金属疲労”なんて言われない。党としての活力、ダイナミズム、緊張感、どれを取っても足りない」

「政治の世界は、決して特別な世界じゃない。言葉一つとっても、なぜ“永田町用語”で、ふつうの言葉でいけないのかが分からない。だから、国民から自民党政治は分かりにくいと言われる。庶民感覚を大事にしたい」

 ために、総理就任初の所信表明演説でも「血のつながる政治、心につながる政治、普通の言葉に通じる政治を心掛け、そのための“改革と協調”に力を入れる」としたのだった。

 しかし、時にすでに非自民政権は無力化しており、取り組んだ平成6(1994)年度予算案成立後に、早くも内閣総辞職を表明せざるを得ない状況になっていたものだった。政権は少数与党となっており、野党の自民党からは内閣不信任決議案提出の動きも出ていたことから、提出されれば可決は必至。もはやこれまで、という内閣総辞職表明だった。

■羽田孜の略歴

昭和10(1935)年8月24日、長野県生まれ。成城大学卒業後、小田急バス入社。昭和44(1969)年12月、衆議院議員初当選。新生党結成。平成6(1994)年4月、羽田連立内閣組織。総理就任時58歳。総辞職後、民主党に参加。平成29(2017)年、8月28日、老衰のため死去。享年82。

総理大臣歴:第80代 1994年4月28日~1994年6月30日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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