さすが戦国の女性!冷遇された徳川家光を世継ぎにするために起こした春日局のとある行動 (2/4ページ)
しかし、幼少の頃の家光は病弱で言葉がどもってしまう吃音症を持っていました。その上、容姿があまりよくなかったため、両親からは疎まれる始末。
そんな中慶長11年(1606)に家光の弟、徳川忠長(とくがわ-ただなが)が生まれます。
弟と比較された家光はある行動に…忠長は家光と違って利発的で容姿端麗で、お江の叔父・織田信長に似た顔立ちだったので、両親の愛は忠長に注がれてしまいました。
そして、その愛は後継者決めにも影響を及ぼし、いずれは忠長が世継ぎになるのではないかと江戸城中で噂されるようになりました。
家光を育てていた乳母の春日局は、このような事態となったことを憂い自殺しようとした家光を諫め、とある行動を起こします。