徳川家康の遺言は東照宮をレイライン上に置くこと:江戸時代の地理風水を駆使した都市設計【4】 (3/3ページ)
③左の東西のライン-久能山東照宮から岡崎城を結ぶ
途中に駿府城、鳳来山東照宮がある。岡崎城(家康が生まれた城)の真北には大樹寺。仏教では東西ラインは生と死、輪廻転生を象徴する。
現代のデジタルマップで確認しても、これほどまでに正確なレイラインを描くのは、当時の天文観測の技術とはいえ、本当にすごい。
天文学者の渋川春海が活躍したのは、家康公没後半世紀ほど後である。さらに後の伊能忠敬が日本全国を測量したのは、1800~1816年にかけてだ。
家康公にちなんだ聖地は、レイライン上に置かれている、ということがわかってきたが、それが仙台までつながっていることを発見したのは、レイラインという概念を知ってからの、ここ2~3年のことである。
【3】にも書いたが、伊達政宗と徳川家康の間で、都市計画に関する相互の情報交換が行われていたことは、想像に難くない。
参照:星の街仙台
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