過去を消した女たち 第15回 マルタ(40) 娼婦だった過去を現在の夫は知っているのか? (2/2ページ)
いま考えれば、ウエートレスを雇うためにわざわざコロンビアから人を呼ぶなんてありえないけど、当時は若くて、私は田舎の人間だったから何も分からず、すぐに人を信じちゃった。辛い時もあったけど、近所の日本で働いた女性の家を思い出して、私もあんな家を建てるんだと頑張ったの」
当時、年齢は20歳そこそこということもあってか、マルタには多くの客が付き、借金はすぐに返せた。借金の返済を除いても、手元に毎月50万円ほど残ったという。
マルタはその金を律儀に送金し、ついにコロンビアに家を建てた。家族の生活が落ち着いたこともあり、彼女は売春から足を洗った。
「借金を返した後は、スナックと南米の食料品店で働くことにしたの。20年くらい前は、コロンビア人が働くスナックや食料品店が、けっこうあったのよ」
スナックホステスだったとき、現在の夫である日本人男性と出会った。
「コロンビアに子どもがいること、毎月家族にお金を送っていることとか、ほとんど話した。だけど、売春のことだけは話せないね」
現在、首都圏のマンションで、今年で52歳だという会社員の夫と暮らしているマルタ。今は特に仕事はしておらず、専業主婦として夫を支えている。コロンビアへの毎月5万円の送金を出してくれている夫だが、彼には前妻との間に高校生になる子どもがいるそうだ。
日本とコロンビアの間には、埋められない経済的な格差がある。そんな国から日本に来るということは、何か還元できるだけの技能や技術などを持っていない限り難しいということは、ある程度の社会経験を積んだ者であれば容易に察することができるはずだ。もしかしたらマルタの夫は、彼女の口から聞かずとも、その点を知りながら結婚したのではないだろうか。
「旦那さんは優しいし、何の不満もないけど、もう少し年を取ったらコロンビアで生活したいなと思っている。もうずっと日本で暮らしているから。だけど、旦那さんはちょっと厳しいかもね」
というのは、結婚した直後、夫とコロンビアに帰省したのだが、日本では見かけないライフル銃を持った警備員の姿を見たり、夜中に発砲音を聞いたりして、「こんな危ないところには住みたくない」と言いだしたという。それっきりコロンビアには行っていない。
コロンビアという国を知らない夫のウブな態度を聞くと、マルタが娼婦だったという過去にも、まったく気付いていないのかもしれないと思えてくる。国際結婚において、お互いが生きてきた背景を知らないということは、良好な関係を築くうえで重要なのかもしれないと、この話を聞いて思った。であれば、なおさらマルタは、今後も娼婦であった事実を隠しながら生きて行く必要がある。
娼婦だったという重荷は、夫婦関係を続ける限り、消えることはない。