経営は主君にお任せ!年貢米だけを貰えた江戸時代のWin-Winシステム「蔵米知行」とは

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経営は主君にお任せ!年貢米だけを貰えた江戸時代のWin-Winシステム「蔵米知行」とは

主君から授かった領地を代々受け継いで、そこに住まう民百姓を統治する……武士と言えば、往々にしてそんな支配階級の姿がイメージされます。

確かに中世(平安~戦国時代)までは、鎌倉武士の「一所懸命(いっしょけんめい。ひとところに命をかける)」が象徴する通り、自分の領地を死守することが大命題でした。しかし泰平の世が実現すると、少し様子が変わって来ます。

江戸時代、多くの武士たちは自分の領地を治めるどころか、現場に行くことさえほとんどなかったそうですが、それで経営が成り立つのでしょうか。

今回はそんな江戸時代の「蔵米知行(くらまいちぎょう)」システムについて紹介したいと思います。

地域密着型の良し悪し

中世までの武士たちは、主君から授かった現地に自分で住むことが多く、農業施策を講じたり(生活の向上)、領民たちの訴訟を裁いたり(治安維持)、年貢を取り立てたり(租税徴収)などの権限を持っていました。

「えぇい、面倒ごとばかり持って来るな!」地域に密着するほど、人間関係のトラブルが絶えない(イメージ)。

これが「地方知行(じかたちぎょう)制」と言われる地域密着型の統治システムですが、いかんせん領主の判断による人治主義なので、領主によってはとんでもない放漫経営で領地が荒れてしまうこともあったようです。

また、逆に名君すぎて領民が主君よりも領主に懐いてしまい、やがて主君の権威や地位を脅かすリスクも否定できません(領主本人にそんなつもりはなくても、嫉妬や疑心暗鬼によって多くの悲劇が起きたのは、歴史が伝える通りです)。

良くも悪くも領主と領地・領民の距離が近すぎると、なかなか徳川家康の名?言「民は生かさぬよう、殺さぬよう」という絶妙な政治の匙加減は難しいもの……そこで考え出されたのが「蔵米知行」システムです。

主君の蔵から米を貰う、合理的でWin-Winな新システム

例えば、主君がある家臣(山田某)に対して「知行五十石を与える」とします。

知行五十石を拝領した山田某だが、石高に合った体裁を整えるのに出費がかさみ、素直に喜びにくい(イメージ)。

従来(地方知行制)であれば、五十石(一石≒約150kg×50≒7.5t/年)の米が収穫できる(と見なされている)実際の土地が与えられ、山田某は現地に居住するか、遠隔地であれば代官を派遣することもあるでしょう。

これを蔵米知行システムでは「五十石分の米だけ与える」ように改正。山田某とすれば統治の手間も責任もなく、また豊凶に関係なく年貢(五十石分の米)が確実に手に入ります。

一方、主君とすれば自身の意図する政治施策が支配全域に適用でき、権力基盤を脅かされるリスクが少なく、お互いWin-Winと言えるでしょう。

もちろん、文書の上では五十石を知行している根拠として地名が記録されているものの、そこを治めている実感はほとんどなかったと考えられます。

領主は年貢を土地から直接の収穫ではなく、主君の蔵から間接的に貰う……だから「蔵米」知行と言うのですが、何だかサラリーマンのような感覚ですね。

土地への愛着、人との絆が、人間に活力を与える

ちなみに、武士たちは原則として主君から与えられた屋敷に住むよう指定され、たとえ自分の領地であっても、許可なく訪ねる(居住区域内から出る)ことは出来なかったそうです。

「何だい、アンタ?」領主に対して向けられる冷たい視線(イメージ)。

(※もっとも、現地の領民は自分を領主だと意識していないでしょうから、仮に行ったところで、あまり有意義な思い出にはならなかったでしょう)

いわば武士たちは城下に監禁されたような状態であり、領地とのつながりを薄くしたことでお上に楯突く力をつけさせず、やがて武士の世が終わりを告げると、いともあっさりと経済基盤を奪われてしまったのでした。

もちろん、東北や九州など武士と土地が結びついていた例外もあり、こうした地域は中央政権に対して最後まで頑強に抵抗しています。

泰平の世を維持するために考案された「蔵米知行」制度は非常に合理的であった一方、武士たちのサラリーマン化を招いてしまいました。

これは人間にとって、土地とのつながりや人との絆が活力を与えることを、現代の私たちに教えてくれているようです。

※参考文献:
磯田道史『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』新潮新書、2018年3月 第58刷

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