「これは作り話だ!」自分の伝記に不満?野口英雄がとった意外な反応 (2/2ページ)

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野口が偉大な功績をあげるまではきれいごとばかりではなく、本人にとっても後ろめたい出来事もたくさんあったわけで、そういう部分をまるでなかったかのようにして聖人のように書かれたことに対して不満を表したのです。

このエピソードは、1931年に日本を訪問し、綿密な取材をしたうえで”Noguchi”(邦題:野口英世伝)を書いた医師兼文筆家のグスタフ・エクスタインによって紹介されています。

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野口のこのような描かれ方が徐々に後に彼を偉人として持ち上げるようになっていくのでした。そして、昭和初期にもなると、野口は教科書に取り上げられるようになりました。

貧しい家の生まれから努力して偉くなったというエピソードが、当時の日本の教育において理想的な姿だったのでしょう。戦争が終わるとそれまでの偉人として中心的な存在だった乃木希典や東郷平八郎などの軍人が扱いづらくなり、その代わりとして台頭してきたのが野口英世だったのでした。

そのような時代の流れから、野口は本人の意に反して偉人として持ち上げられてしまったわけです。

参考

渡部毒楼『発見王野口英世』(1921 伊東出版部) 中山茂『野口英世』(1995 岩波書店)

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