滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」【その4】 (2/4ページ)

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滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」【その1】

滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」の伝説【その2】

滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」の伝説【その3】

第三次尼子再興運動

織田軍の後ろ盾を得ることに成功した幸盛は、信長の家臣であった「明智光秀」の傘下に入る。

1576年から77年にかけて光秀軍や織田信忠軍(信長の嫡子)に従軍し、現在の兵庫県や奈良県周辺を転戦。数々の武功をあげた。

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