法華宗が公開討論で浄土宗に惨敗「安土宗論」は織田信長の謀略か!? (2/3ページ)
だが、浄土宗側が「仰せの通り従います」とした一方、法華宗側が宗論にこだわったため、安土城下の浄厳院の仏殿で織田家の仕切りで宗論が行われた。すると、法華宗側は豪華な法衣で着飾った五人が、一方の浄土衆側は質素な黒染めの出で立ちの二人が出席し、大勢の観衆が堂の周りで見守る中、公開ディベートがスタート。浄土宗のいう念仏の概念が法華宗の教えにあるのかという意味で、「法華八軸(巻)のなかに念仏ありや」という問いによって口火が切られ、論争はこう白熱した。
法華「念仏あり」
浄土「念仏の教えが法華の考えのなかにあるのなら、なぜ“無間に落ちる念仏”と説くのか」
法華「(では聞くが)法華の弥陀と浄土の弥陀は一体なのか、それとも別体なのか」
浄土「どこにあっても弥陀は一体だ」
法華「それならなぜ浄土宗では法華の弥陀を捨閉閣抛(投げ捨てるという意味)するのか」
浄土「念仏を捨てよといっているのではない。念仏を行う前に、念仏のほかの行を捨閉閣抛せよといっているのだ」
こうして問答が続き、浄土宗側が「方座第四の妙を捨てるのか、捨てないのか」と問うと、法華宗の僧は今でいうとフリーズ。「方座第四の妙」の意味が分からなかったからだ。
浄土「法華の妙であるのに、汝は知らないのか?」
法華「…………」
浄土「もういちど問う。方座第四の妙を捨てるのか、捨てないのか」
法華「…………」
『信長公記』は「そのとき、判者をはじめ、満座一同にどっと笑いて(法華宗の僧の)袈裟を剥ぎ取る」とし、その後に答えることができなかった法華宗の僧が群衆に殴られ、慌てて四方に逃げ去ったという。
法華宗が大惨敗した要因は、浄土宗が持ち出した「方座第四の妙」。この用語を巡っては今も結論が出ず、浄土宗側の僧が法華宗側を罠にはめるための“造り名目(嘘の用語)”だったかが争われている。