流れ星から怨霊、そして隠し神に。日本を代表する妖怪「天狗」の歴史・変遷 (2/3ページ)

Japaaan

それまでの半人半鳥のような姿にかわって、赤ら顔に長い鼻、一つ歯の高下駄、葉ウチワといった特徴をもつ大天狗(鼻高天狗)の登場です。その創始者は狩野元信とされ、京都の鞍馬寺が所蔵する「鞍馬大僧正坊図」が最古の鼻高天狗の図像とされています。

隠し神としての天狗

江戸時代になると、天狗の存在を信じて疑わなかった平田篤胤などに研究されるようになり、特に「神隠し」との関連で語られることが多くなります。現代なら誘拐、家出、遭難などと推測される失踪事件が天狗の仕業とされ「天狗隠し」と呼ばれました。

「天狗隠し」らしき事件は平安時代ごろから文献上に現れ、なんと昭和の初期まで信じられていました。他にも古くから「天狗倒し」「天狗つぶて」といった言葉があり、説明不可能な気味の悪い出来事を正体不明な天狗のせいにすることがよくありました。

月岡芳年 「芳年略画 天狗之世界」

失われた異界

天狗や鬼などの隠し神を信じることは、人々が人間の住む世界の外側にある「異界」すなわち神の領域の存在を信じていたことを示しています。というのも、神隠しに遭遇して生還した者たちがみな、体験談の中で「異界」の様子に触れているからです。それは極楽浄土であったり竜宮城であったりします。

天狗隠しの場合の「異界」とはその棲みかである山です。深山幽谷にひそんで自由に空を駆け、様々な験術で人間を驚かす大天狗は、そのいでたちからして役小角を開祖とする修験道および山岳修行者(山伏)との関連も無視できません。

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