さよなら!としまえん…実は敷地内に室町時代の城跡がある貴重な水と緑の遊園地【前編】 (2/6ページ)

Japaaan

その誕生は、大正時代までさかのぼります。

大正時代の実業家がとしまえんの創始者

今から94年前の大正15年ごろ、樺太工業(王子製紙)の専務であった藤田好三郎氏が、自分や家族のための静養地として12000坪の土地(石神井川南側)を入手。

その後も石神井川北側の土地などを入手したものの、大邸宅などは建設せず「運動と園芸を人々に広く推奨する」目的で公開しました。

開園日は大正15年9月15日となっていますが、ウォーターシュートやボート池・温室などができ全面開園となったのは昭和2年のことです。

開園当時は、運動場と温室ができ、その数年後には養鶏場やいろいろな畑が整備され、遊園地というよりも大きな農場に近い雰囲気だったそうです。

園内には室町時代の城跡が残る

平山城の簡略図
(写真:wikipedia)

ご存じない方もいるのですが、実はとしまえんの敷地内には室町時代の城・練馬城跡があるのです。練馬城は、豊島氏が石神井城の支城として築いたものと考えられ、城郭構造は「平山城」(平野の中にある山や丘陵に築かれた城)でした。

開園当初は「城址公園」として開園、豊島氏にちなみ「豊島園」と名付けられていました。

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