昭和の「激アツ刑事ドラマ」主役を総直撃<苅谷俊介>兄イと慕った渡哲也に拾われて石原プロへ (2/2ページ)

アサ芸プラス

苅谷 78年の暮れに「大都会PARTIII」の収録をやって、たしかガッツ石松さんが犯人役で出た回。年内最後だから「飲みすぎるなよ」という感じに終わったんだけど、兄イに「カリ、ちょっと来い」と呼ばれまして。実は女房が子宮の病気で入院して、キャベツ大の血の塊ができるほど悪化してたんですよ。

──そのことを知っていたんですね。

苅谷 それで「見舞いといったら普通は花を贈るんだが、これ取っとけ」って分厚い封筒を渡されて‥‥。あれは、卸売センタービルの屋上だったかな。手すりに突っ伏して、涙が止まらなかったよ。

──ただ、82年に人気番組だった「西部警察」を途中で降板し、石原プロを退社という選択をされたのは?

苅谷 ずっと考古学に興味があって、ここらで役者と並行しながら本格的にやってみようかと。仲がよかった舘ひろしが群馬の温泉で送別会をやってくれただけでなく、何かと金もいるだろうからってレコード会社に話をつけて、僕にレコードを出す契約料も用意してくれた。あいつは渡さんを尊敬しているだけあって、誰かが困った時に何をすべきかを常に考えてくれるんだよ。

──慕い続けた「兄イ」との別れは、どう迎えましたか?

苅谷 実は、ウチの女房が今年4月に悪性リンパ腫で亡くなってね。そのことを渡さんになかなか言いだせず、ようやく7月に入ってから、石原プロの統括に伝えてもらって。その2日後には、渡さんから「かけてやる言葉もないよ」って、電話があって‥‥。それが最後の会話だ。今は奥さんのショックもわかるので、四十九日も過ぎたら、ご自宅に伺おうと思っているよ。

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