「いつも最後と思っていた」阪神タイガース藤川球児「剛球伝説」と「男の決断」 (2/2ページ)

日刊大衆

ただ、かつての球威がなくなっていると自覚していた。もし、ペナント終盤の大事なときに起用されて、結果が出せなかったら、チームにマイナスだと考えたんでしょう」

■日米通算250セーブの記録は?

 気になるのは、あと5つと迫った日米通算250セーブの記録。達成すれば名球会入りが確定するのだが、これについては会見で藤川自身が、「考えたことはない。僕はもっと大きな財産をいただいたんで」と、にこやかに語った。

「記録」にこだわってズルズルと引退を引き延ばす“大選手”が多い中、藤川の決断は清々しい。

 引退後の藤川について、前出のダンカンさんは次のようにエールを送る。

「引退後は、“阪神の藤川”から“日本の藤川”になれるように、いろいろと野球を勉強してほしいです。阪神のユニフォームを着るのは、その後ですね。なんなら50歳くらいで選手復帰なんて……。マンガみたいですけど。150キロの剛速球から、今度は120キロ台の技巧派へ転身なんて(笑)。でも、藤川選手は、それができるかもと思わせてくれるんですよね」

 右腕から放たれる剛球で甲子園に勝利の火を灯し続けた男が、ボールを置く日が迫っている――。

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