加藤茶×ダチョウ倶楽部 爆笑インタビュー「ちょっとだけよ」誕生秘話! (2/3ページ)

日刊大衆

上京してやることなくて、“そういえば親父はバンドマンだったな”と思って、スターダストというバンドの“ボーヤ(付き人や弟子)”を始めて。ボーヤの半年間でドラムを教えてもらったの。その後、バンドに入ってドラムをやっていたら、ドリフターズにスカウトされて…。

寺門 下積みが半年なんて、やっぱりスターですね。モテたんじゃないですか?

加藤 モテたなぁ(笑)。ジャズ喫茶で演奏していた頃、女学生のファンがものすごく多くて、俺がステージに出たら“キャー!”と黄色い声援が飛ぶんだよ。花束をたくさんもらうんだけど、枯らしちゃもったいないから、“悪いけど、お金でくれない?”って。

寺門 お札の首飾りをもらう旅芸人みたいな(笑)。

上島 志村さんも言ってましたよ。舞台をやっているとき、たくさんの祝い花を見て“花より現金が欲しいよな”って(笑)。

寺門 ミュージシャンからお笑いに行くきっかけは、あったんですか?

加藤 リーダーが違った初期のドリフターズのときから、曲と曲の間にサービスでコントをやっていたけど、長兵衛さん(いかりや長介)がリーダーになってコント色が強くなったんだよ。

ーー“バンドからお笑い”といえば、クレイジーキャッツが先駆者でした。

加藤 クレイジーさんがジャズで、ドリフはロックだから、最初は“同じことをやっても被んないだろう”と、クレイジーのネタをパクっていたんだよ(笑)。
ダチョウ え~!

加藤 その後、クレイジーさんが音楽コントをやらなくなっていたから、俺らは音楽を捨てないでやっていこうと。ただ、『8時だョ!全員集合』(TBS系)が始まったら、毎週毎週、コントを考えなきゃいけないから、音楽をやる時間がなくなってしまったね。

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