人はなぜ、海(水のある場所)に惹かれるのか?その科学的根拠
人が海に惹かれる理由/ Pixabay
もちろん一部例外もあるが、海を見るのが好きな人は多い。海が好きな人なら、泳げなくてもその足を浜辺の波に沈めてみたくなる。
自然は人間の精神衛生に良い影響を与えてくれるが、特に海には特別な効用がある。人が海や水を好むその裏には、実は科学的な根拠があるのだという。
・水が好きなある女性のケース
ここではケイリン・リンチという女性のケースを見ていこう。
彼女は海が大好きだ。生後3ヶ月のとき、母に初めてプールに連れて行って以来、ずっと水の中にいたいと思うほどに水中が好きで、ずっと水とかかわってきた。
高校生のときは、週末に水族館で働き、大学生になると、フロリダキーズで潜っていた。卒業後は、ヨットでの冒険に加え、インドネシアでダイビング講師、オーストラリアで水中カメラマンとして働いていた。つまり、四六時中、水の中で過ごしていたわけだ。
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・不安に押しつぶされそうになったとき、海がそれを流してくれる
ケイリンは数ヶ月前、施設に入っているパーキンソン病の祖父の介護をするため、フロリダにいた。ある夜、彼女は祖父がかつて住んでいた家にひとり座り、いつもの罪悪感に胸を締めつけられそうになっていたという。
あふれる思いが頭の中を渦巻く。どうして、もっと祖父のそばにいて 話を聞き、いろいろなことを教えてもらわなかったのか?
パーキンソン病が遺伝性の病気なら、両親が祖父の年齢になったとき、どう世話をすればいいのか? 自分自身が老いたとき、ケアしてくれる子どもがいなかったらどうなるのか? 自分はこの地球上での限られた時間を、本当に最大限活用しているのだろうか? などなど。
こうした不安に対処するために、いつもやっているとっておきの対処法──深呼吸をした。100から逆に数えていき、部屋にあるすべての植物の名前をあげてみた。
だが、効き目がなかったので、ビーチまで歩いて行った。砂浜に足を踏み入れ、潮風が鼻腔をくすぐると、自然と心臓の鼓動が落ち着いた。水辺には誰もいなかったので、そのまま、裸になって大西洋の海に飛び込む。
目の前でうねりはじける波をかきわけ、その下へ潜る。次に水面に頭を出したとき、体中が穏やかな波に洗われているのを感じた。
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・彼女にとって海の癒しは別格だった
ケイリンは、12歳のときから、精神的に不安定なところがあったという。最初は摂食障害から始まって、不安やうつに悩まされていた。
最悪なときは、朝ベッドから出ることすらできなくなっていたが、海の中に入ったり、海のそばにいれば、すぐに安心できたという。
海から車で12時間も離れたサンタフェに住んでからは、バックパックひとつで旅したり、山に登ったり、マウンテンバイクをやってみて、空虚さを埋めようとした。スノーボードやカヤックなども覚えてみたが、海が与えてくれるような癒しの感覚は得られなかったという。
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・海(水のある場所)が体にもたらす効能
自然が脳にいい影響を与えるのは自明の理だ。都市の公園から森林まで、緑のある空間が生活の質を改善し、不安やうつなどのさまざまな健康問題を和らげてくれることは、数々の研究からわかっている。
だが、幾多の証拠は、ひと口に自然といっても、場所によってその効果は必ずしも同じではないことも示している。
2010年、アメリカ化学会が、10の異なる緑の空間を分析した結果、水のある場所、つまり青い空間は、戸外にいる気分をより大きく盛り上げてくれるということがわかった。
2016年のニュージーランド、ウェリントンで行われた調査では、緑の空間がなくても、海に近い場所は心理的苦痛の低下と関連があるらしいことがわかった。
イギリスでの複数の研究からは、海岸の近くに住んでいる人ほど、健康状態がいいという。とくに低所得世帯の人ほど顕著だったようだ。
さらに、中央アメリカのような内陸での研究でも、五大湖が健康にいい影響を与えていることがわかり、人間にとって水の影響が大きいことがうかがえる。
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・水を使った治療法
水を使った治療法は、肉体的、精神的な病の治療に海水を利用する、古代ローマのタラソテラピーから、スカンディナビアの冷水浴まで、何世紀にもわたって続けられてきた。
最近では、サーフィンやスキューバダイビングなどのマリンスポーツが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えた退役軍人やガン患者の治療に効果をあげているという研究結果も報告されている。
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・水は命と癒しの源
科学的証拠はたくさんあるが、水と心理学の研究は比較的新しい分野だ。その先頭をいくのが、海洋生物学者のウォーレス・J・ニコルズ博士だ。
海のそばにいると喜びを感じるという理由で、海洋生物学を研究するニコルズ博士は、生物学者としての20年のキャリアで、水の神経心理学的な影響に興味をもつようになった。
彼の著作『Blue Mind』は、科学者、アスリート、アーティストの意見を訊き、海や湖、川、プールなどの水辺あるいは水の中にいるときに、心と体になにが起こるかを検証したものだ。
ニコルズ博士は「湖でも、川でも、滝でも、氷河でも、そこには人を水に惹きつけるなにかがあります」と言う。
これは進化の必要性にほかならない。蛇口をひねればすぐに水が出てくる時代以前には、まさに水は命と癒しの源だった。水を探すことは、わたしたちの脳に組み込まれた本能なのだという。
水の姿、音、その感触は、安心感を覚える神経化学反応の引き金になりる。事実、研究からは、水に浸かると、瞑想をしているときと同じように、脳のエピネフリンとドーパミンのバランスが変わることがあるという。「肉体的、社会的、感情的な健康のための一番の薬は、水なのです」
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・遠くまで見渡すことのできる広い海は別格の心理的効果
湖や川、滝や小川でもそこに水がある以上、心を癒す効果はある。だがやはり、海のもたらす心理的効果は別格なのだという。
2015年のイギリスの研究では、水族館の巨大な水槽の前に被験者に立ってもらい、水槽にさまざまな生き物を補充していく間に、どのような影響があるかを調べてみた。
ただ水を見つめているだけでも、気持ちが穏やかに落ち着いていく効果がみられたが、水槽に魚を入れていくと、さらにいい効果が得られた。
「遠くまで見渡すことができるので、海は広い視覚を与えてくれます。また、波や潮、光の反射などのせいで、海は常に移動し変化します。あなたの視線を惹きつけるものが常にあり、飽きることがない。それに魅了されるのです」研究者のひとり、マシュー・ホワイトは言う。
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・水と人の関係はそれぞれ
とは言え水と人の関係はそれぞれだ。海の近くで育った人と、海のないところで育った人とでは感じ方が違ってくるし、人生においての海や水との関わり方でも変わってくる。
溺れたり、水難事故を目の当たりにするなど、海に関して嫌な記憶がある人は逆に水を避けるようになるかもしれない。
地球の71.1%は海に覆われている。とても広く、神秘的だ。その80%は未踏の地であると言われており、海は我々の知らない何かをたくさんもっている。
コロナ禍など、日常のストレスをためていて、海が好きだという人は、一度足を運んでみると良いかもしれない。
私は海のない県で育ち、泳げないので海に対してちょっとした恐怖心があるのだが、それでも遠くから見る海の景色には抗えない魅力を感じている。
その代わり、小川のせせらぎや、滝の音を聴くと癒されたりなんかするので、やはり水に対して本能的に惹かれているものがあるのだろう。
References:Why I'll Always Be an Ocean Person | Outside Online/ written by konohazuku / edited by parumo