「我が巨人軍は永久に不滅です」ほか、プロ野球「伝説の名言&名言」プレイバック

日刊大衆

画像はイメージです
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 ペナントも約90試合を消化し、終盤戦に突入した。パ・リーグはソフトバンクとロッテが激しい首位争いを展開する中、セ・リーグは原辰徳監督率いる巨人が独走状態、順調にマジックを減らしている。

「今季の原監督の采配は外れなしで、球界では“神采配”と呼ばれています。なぜ、かくも強いのか。その答えが集約されていたのが、9月21日の広島戦の勝利監督インタビューで、原監督が語ったこの言葉です」(スポーツ紙巨人担当記者)

〈我々は個人軍ではない。巨人軍なんです〉

 この日、原監督は、先発した直江大輔が5回に一死、一、二塁のピンチを招くと、躊躇なく投手を交代。

「直江は、あとアウト2つで勝利投手の権利がもらえました。6対2と4点リードしている場面でしたので、普通は続投させるはずです。この継投に象徴されるように、今季の原監督は勝利のためには“鬼采配”を辞さない覚悟なんです」(前同)

 長嶋茂雄監督時代にヘッドコーチに就任し、帝王学を学んだとされる原監督。ファンやマスコミに対するサービスなど、両者はよく似ているとされるが、指揮官として非情に徹することができるのは、原監督のほうなのかもしれない。

「怖いばかりかと思いきや、原監督にはお茶目なところもあります。師匠のミスターには〈鯖は魚偏にブルーですね〉など、独自のミスター語がありましたが、それは原さんも同じ。〈イロハのニ〉とか、〈目標は1つだけ。1つはペナント優勝。2つ目は日本一〉などの発言も(笑)。ただ、今季はそれを補って余りある凄みがありますね」(同)

 原監督の師匠である長嶋氏の名言と言えば、引退式での〈我が巨人軍は永久に不滅です〉が有名だ。

「余談ですが、引退試合の日、後楽園球場を埋めた大観衆の中には、東芝府中の選手だった落合博満さんもいました。会社を休んで球場に駆けつけ、外野スタンドから“やめないでくれ!”と絶叫したといいます。ミスターは引退後、すぐに監督に就任し、V9後の巨人の指揮を執りましたが、成績は低迷。1年目は球団初の最下位も経験します」(ベテラン記者)

■ミスターだけじゃない、名言の数々

 結局、長嶋氏は6年間指揮を執るも、1980年のシーズンオフに突如、監督を解任されてしまう。

「解任はミスターには寝耳に水だったはずです。記者会見で絞り出すように〈男としてケジメをつけようと思いました〉と言ったのが、印象的です。“悔しくて、その日は眠れなかった”と聞きました」(前同)

 無念の解任劇で巨人と決別したかにも見えたため、長嶋氏のもとには、大洋(現DeNA)や西武から監督のオファーが来たという。

「ただ、ミスターは絶対に引き受けなかった。それはいつか監督に返り咲いて、日本一になってやるというリベンジの気持ちがあったからです」(同)

 “ミスタープロ野球”こと長嶋氏の球界人生は、栄光だけではないのだ。

 今年2月に急逝した野村克也氏も、名言は数多い。中でも氏の野球哲学が詰め込まれているのが、

〈勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし〉だろう。

「ノムさんが監督としてもっとも充実していたのが、ヤクルト時代(90〜98年)でしょう。各種データを駆使して戦う“ID野球”をチームに叩き込んだ結果、9年でペナント優勝4回、日本一3回に輝きました。ヤクルトの監督時代、ノムさんが折に触れて口にしていたのが、この言葉なんです」(球界関係者)

 10月5日発売の『週刊大衆』10月19日号では、懐かしの「プロ野球名言」を一挙公開している。

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