知ってた?京都には、金閣・銀閣…そして信長親子やあの天下の大泥棒を供養する「銅閣寺」がある (2/5ページ)

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ねねの道。奥の突き当りが大雲院(写真:TERUAKI.T)

ねねの道〜大雲院(illust:ERI)

大雲院は、本能寺の変から5年後の天正15年(1587年)、織田信長とその子・信忠の菩提を弔うため、父子の知遇を得ていた貞安上人が、二条城御所跡(烏丸御池)に創建されました。

大雲院という名前は、信忠の法名から名付けられたのです。

また、境内の墓地には、あの天下の大泥棒・石川五右衛門の墓もありました。市中引き回しの刑になった五右衛門が大雲院前を通りかかった際に貞安上人が引導を渡した縁によるものです。

しかしながら同年、豊臣秀吉の命により大雲院は四条寺町南に移転、天正18年(1590年)には寺町四条に移転しました。

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