え、まじか・・・実は色紙は白い方が裏だった!?色紙は元々どんな用途で使われていたの? (2/3ページ)

Japaaan

「色紙考」(川崎千虎、明治期、国立国会図書館より)

本朝世事談綺(ホンチョウ セジダンキ)(河内屋茂兵衛[ほか10名]天保7年、国立国会図書館より)

また自分の詠んだ歌ではなく、古歌をしたためることも多かったようです。奈良から平安朝にかけての三十六歌仙の歌を1枚1首ずつ書いて屏風に貼るという風流な趣向も。

ちなみに色紙で大変貴重とされているのは、『新古今和歌集』を選者の一人として有名な藤原定家の「小倉色紙」だそうです。

小倉色紙は、定家が武将・宇都宮頼綱の依頼で、彼の京都嵯峨にある小倉山荘の障子に貼るために書いた物といわれ、そのほとんど散逸してしまい江戸時代には30枚ほどしか確認されていないとのこと。書家として崇められていた定家の色紙は、一枚千両にもなったとか。

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