眼帯キャラは創作?戦国時代に「独眼竜」とは呼ばれていなかった伊達政宗 (2/3ページ)
(※)政宗の生前は、本人の希望で右目も健常に描いたものが多く、また数少ない右目が白濁(失明)したものでも、眼帯はつけていません。
ちなみに、政宗に鍔の眼帯をつけさせたのは昭和十七1942年の映画『獨眼龍政宗』が始まりだそうで、それから「政宗=眼帯」のイメージが定着していきました。
最近では時代考証を重視して右目を覆わない作品もあるようですが、トレードマークがないと「誰だか判りにくい」ということで、包帯を右目に巻いて政宗と示す例(大河ドラマ『真田丸』など)もあるようです。
独眼竜の元祖は五代十国時代の英雄・李克用また「独眼竜」という言葉自体は戦国時代以前からあったものの、それを政宗に当てはめたのは幕末期に活躍した儒学者・頼山陽(らい さんよう)と言われています。
横槊英風独此公
肉生髀裏斂軍鋒
中原若未収雲雨
河北渾帰独眼龍
※『山陽遺稿』収録「詠史絶句」天保十二1841年より。