沖縄のお墓が大きくて形が独特な理由とは?清明祭(シーミー)とは?

心に残る家族葬

沖縄のお墓が大きくて形が独特な理由とは?清明祭(シーミー)とは?

沖縄県は日本屈指の人気観光地である。本土では見かける事ができない自然や文化など大変興味深いものが多く存在するが、その一つが沖縄のお墓で、形が非常に独特なのだ。例えば屋根がドーム型になったお墓、または屋根の付いたお墓など、これらは本土で見かけることができない。しかも規模も非常に大き。なぜ沖縄のお墓はこの様な特徴があるのだろうか。沖縄の風習もあわせて紹介していきたい。

■(1)沖縄の代表的なお墓 亀甲墓(きっこうばか)

沖縄のお墓は主に2つの形にカテゴリー分けされる。1つ目は亀甲墓だ。本来は士族にのみ作るのを許された亀甲墓であるが、明治時代に身分が撤廃されるのを機に庶民にも広まった。中国や台湾にも類似したお墓が見られる様に大陸から伝わったと考えられている。また形にも中国の思想が表れており、人は亡くなると母親の胎内に帰るという思想を元に作られている。亀の甲羅の形は子宮を意味し、その前に続く道は産道を表現している。

■(2)沖縄の代表的なお墓 破風墓(はふばか)・平葺墓(ひらふきばか)

2つ目は破風墓(はふばか)・平葺墓(ひらふきばか)である。破風とは日本のお城や神社によく見られる三角屋根の形を指す。三角の屋根が乗った家のように見えるのが特徴的なお墓である。平葺墓は破風墓と基本的に同じであるが、屋根を平らかにしたものを指す。これは首里城にある琉球国王の王家のお墓の形を模したと考えられている。そしてこちらも明治時代一般庶民に解禁され広まっていった。台風などの天災が多い沖縄の風土を考慮し、がっしりした作りのものが多い。

■沖縄のお墓が大きな理由1つ目:かつて行っていた風葬の影響

沖縄のお墓の広さの理由はいくつかあげられる。まず沖縄の埋葬の方法について見ていきたい。かつて沖縄には風葬という風習があった。風葬とは遺体を火葬や土葬することなく外にさらし、自然にかえすという葬り方である。沖縄では故人を石室や洞窟に放置し、数年たった頃再び遺体を取り出す。そして骨を海で洗った後、遺骨を骨壷に入れ石室に再度しまうという独特の方法を行っていた。つまりこの風葬を行うには人間が入ることができるスペースが必要であった。そのためお墓が大きくなったのである。

■沖縄のお墓が大きな理由2つ目:門中墓と呼ばれる合同墓の影響

次に沖縄のお墓の多くが門中墓であることが関係している。門中墓とは個人のお墓ではなく、先祖代々の合同のお墓のことを指す。その人数分の骨壺を納めるためにお墓を広く作る必要があった。中にはテニスコート8面分、約5,000人分の遺骨が納められた広大な面積を持つお墓も存在している。

■沖縄のお墓が大きな理由3つ目:清明祭(シーミー)

最後に沖縄の伝統行事、清明祭(シーミー)が関係している。清明祭は4月上旬に行われる先祖供養の行事である。この日は親族全員でお墓参りをして、その後持ち寄ったご馳走やお酒で大宴会する。大人数を収容できるスペースが必要なためお墓が大きいのである。

太平洋戦争時の沖縄戦では戦火から逃れるためにお墓に身を潜める人々がいたようだ。沖縄のお墓は沖縄の歴史と共に歩み、今日まで深く関わってきたのである。

■現在、沖縄のお墓は小型化が進んでいる

以上沖縄のお墓の特徴を見てみた。今日沖縄では風葬ではなく火葬に切り替えられ、また土地不足が問題になっているためお墓の小型化が進んでいる。沖縄を訪れた際は少しお墓に目を向けて、沖縄の文化の深みを感じてみるのもいいかもしれない。

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