沢田研二、萩原健一、堺正章…夢と熱狂のグループサウンズ「感動秘話」と「現在」 (4/4ページ)
一方、多くのGSに影響を与えた『ザ・ビートルズ』の来日公演はGSブーム前夜の66年6月のこと。その前座として『ザ・ドリフターズ』らとともに武道館のステージに立った『ジャッキー吉川とブルーコメッツ』も先駆者的グループだ。
「長髪でないブルコメが不良扱いされなかったのは有名ですが、『ザ・ランチャーズ』や、今も活動中の『ヴィレッジ・シンガーズ』のような好青年風グループもあり、けっしてGS=不良ではなかったんですね」(音楽ライター)
■ガチな不良もいた
もちろん、ガチな不良もいた。米国文化が流入していた横浜で生まれた『ザ・ゴールデン・カップス』だ。
「不良性と音楽性を兼ね備えていた。トラブルは日常茶飯事。アイドル扱いを嫌い、ライブでは欧米のロックやR&Bばかりをやっていた。それが、玄人筋から受けたんです」(前同)
特にベースのルイズルイス加部は解散後、ロックファンにカリスマ視される存在となるが……。
「加部さんは、『ピンク・クラウド』というユニットで活動時、テレビに出演したものの、自分の意に沿わないことはやらなかった。すると、ディレクターが“あんなに生意気なのは、ゴールデン・カップスのベースのヤツ以来だ”と吐き捨てたとか。同一人物だとは気づかなかったようです(笑)」(音楽雑誌記者)
03年に再結成されたゴールデン・カップスは、08年にヴォーカルのデイブ平尾が他界した後も活動を続けた。結果的に17年の「フジロックフェスティバル」出演が最後の花道となった。別の意味で要注意扱いされたのが、メンバーが演奏中に“失神パフォーマンス”を披露した『オックス』だ。
「あるとき、つられて30人ものファンが本当に失神してしまうという騒動も。オックスのライブ鑑賞を禁じる学校もあった」(前同)
ヴォーカルの野口ヒデト(69=現・真木ひでと)は今も歌手活動中。途中脱退したオルガンの赤松愛(69)は、鉄工所を経営しているとか。
GSブームは、他にも多くの人材を輩出している。『ルビーの指環』の寺尾聰(73)は、『ザ・サベージ』の一員だった。『また逢う日まで』の尾崎紀世彦(享年69)は『ザ・ワンダーズ』、安岡力也(享年64)は『シャープ・ホークス』として活動歴がある。『頭脳警察』のパンタ(70)は、『ピーナッツバター』なるグループに属していた。
GSブームという一つの社会現象が、芸能界、音楽界にもたらした影響は計り知れないのである。