捕虜になったら100万円?戦国時代の身代金相場は、かなり絶妙な価格設定だった (2/2ページ)
「大坂夏の陣図屏風」より
人質に取られるのはだいたい弱い女性や子供が多く、どうしても身請けしたい親族など対しては、その足元を見て支払えるギリギリの高値で吹っかけ、交渉が決裂すれば二束三文で(奴隷として)売り飛ばすor殺す、というのが通例でした。
ちなみに1文のレート(現代的な金銭価値)については時期や地域によって差があるものの、おおむね60~70円から100円程度とされているため、ここでは1文≒100円と換算。
すると、身請けには20~100万円、奴隷として買うなら2~3千円の相場になりますが、その日暮らしの貧しい庶民にとって、身内を助け出すのはかなり手痛い出費となったことでしょう。
その一方で「ちょっと奴隷が安すぎない?」とも思いますが、売り手とすれば売れ残ってしまうリスクは避けたいところですし、薄利多売の消費財(※)くらいに捉えていたものと考えられます。
(※)まったく人権もへったくれもありませんが、どうせ買われても当然すぐ逃げるか死ぬかするでしょうし、そうなっても客からクレームが出ない(諦められる)程度の価格設定となっていったのでしょう。
欲しがる人には限界まで高く売りつけ、そうでもない人には安く買ってもらう……戦国時代の人身売買にも、こうした経済原則が反映されていたのですね。
(※念のため補足しますが、人身売買が許されざる犯罪行為であることは言うまでもありません)
※参考文献:
川戸貴史『戦国大名の経済学』講談社現代新書、2020年6月
藤木久志『新版 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』朝日選書、2005年6月
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