カネはあっても食べ物が…江戸時代の大飢饉は行きすぎたコメ経済がもたらした? (2/3ページ)
こうしてコメが経済の基準になると、コメの値段は高くなるため、農民たちは他の作物(雑穀など)を自分で育てるよりも、コメを作ってそれを高く売り、そのお金で安い雑穀を買って食べるようになりました。
要は世の中が平和になって物資の流通が安定した結果「おカネを出せば大抵のモノが買える」ようになっていったのです。
儲けたいのは誰でも同じ。でも、みんながコメばかり作っていると……?
高く売れるコメを作って売り、そのカネで安い雑穀を買って食べる……実に合理的な生活サイクルですが、コメは天候不順(長雨や冷夏など)や病虫害に弱いため、ひとたび天変地異に見舞われると、たちまち破綻してしまうリスクを抱えていました。
生活の大半をコメ(≒それを売ったカネ)に依存してしまうと、いざ凶作となった時に慌てて雑穀を買おうとしても供給が追いつかず、食べるモノがなく、カネを抱えたまま餓死することになります。
(※)これを極端に推し進めたのがプランテーションであり、西欧列強に征服された現地では、高く売れる商品(例:セイロン島の紅茶など)ばかりを作らされ、人々は絶えず飢餓と貧困に苦しめられたのでした。
だから、経済的には不利であっても、いざ有事に食いつなげるだけの雑穀も作っておくことが大切で、そういう備えが出来ていた藩は、いざ飢饉に見舞われても被害を最小限に抑えることが出来たのです。