身近な地名に意外な由来?地図で見つけた「丹三郎」調べてみたら戦国武将の名前だった (2/3ページ)

Japaaan

父祖の功業を受け継ぎ、河越夜戦を契機に南関東の覇者となった北条氏康。『大日本名将鏡』より

北条氏が武蔵国の主導権を握ったのは天文十五1546年「河越城の戦い(河越夜戦)」と見られますが、北部にいた丹三郎たちが従ったのは、その前後辺りと考えられます。

丹三郎は天文年間(1532~1555年)に多摩郡の所領を与えられて移住、よほどよい統治をして領民から慕われた(※)のか、いつしか丹三郎村と呼ばれるようになったそうです。

(※)あるいは通称の「丹三郎」を代々世襲したので「丹三郎(一族が治める)村」と呼ばれたのかも知れません。

また、丹三郎村からすぐ近くの日原(にっぱら)村は同族の原島丹次郎友一(たんじろうともかず)という武将が天正年間(1573~1593年)に戦乱を避けて足立郡から移住してきたと言います。

丹次郎と言うから、何となく丹三郎の兄であるように感じますが、丹三郎が天文末1555年まで生きて80歳で亡くなったとして、その兄が更に20年前後以上長生きするとはさすがに考えにくいので、恐らく足立郡に残っていた本家の子(甥など)でしょう。

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