ポスト信長を巡って大混乱。生き残りを掛けた織田家重臣たちの運命【後編】 (1/2ページ)
1582年に起こった本能寺の変によって、織田家内の勢力図は一変した。最後である【後編】では、信長亡き後に息子たちが辿った運命をご紹介する。
これまでの記事
ポスト織田信長を巡って大混乱。生き残りを掛けた織田家重臣たちの運命【前編】 ポスト織田信長を巡って大混乱。生き残りを掛けた織田家重臣たちの運命【中編】 信長の息子たちの去就 織田信雄(おだのぶかつ・のぶお)信長の次男として生まれる。本能寺の変後は後継者としての意思を見せるも、秀吉による三法師擁立によって機会を逸する。弟の信孝と後継問題によって対立し、賤ヶ岳の戦いでは秀吉方として信孝・柴田勝家軍と戦った。
小牧・長久手の戦いでは、秀吉に反旗を翻したものの、その後は臣従した。1590年に改易され領地を没収されたことがきっかけとなり出家。
関ヶ原以降は豊臣と徳川の間で沸きらない態度が続いたが、大坂冬の陣では徳川方につき大名に復帰。1630年に73歳で没した。

