聖人君子のウラの顔?綏靖天皇の「食人趣味」は本当か、説話「神道集」の伝承を紹介

Japaaan

聖人君子のウラの顔?綏靖天皇の「食人趣味」は本当か、説話「神道集」の伝承を紹介

歴代天皇の第2代・綏靖天皇(すいぜい。在位:紀元前581年~同549年)は、日本国を興した神武天皇(じんむ)の第3皇子・神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと)として生まれ、熾烈な後継者争いに勝利して皇位を継承。

綏靖天皇。Wikipediaより。

人々の暮らしを安んじる善政を布いたことから、共に「やすんじる」ことを意味する綏・靖の文字を連ねた綏靖天皇と諡(おくりな。生前の事績を示すため、死後に贈られる名前)されました。

綏とは「垂紐(たれひも)」の意で、ゆらゆらとリラックスした様子=安らぎを示し、靖は「静める」意味で、綏靖とはゆらゆらと揺れている垂紐がゆっくり動きを止めるような静けさ、安らかさを表していますから、よほど穏やかな人格・政治だったのでしょう。

しかし、そんな人格者に「ウラの顔」を勘繰るのは大衆の性(さが)というものか、南北朝時代の説話集『神道集(しんとうしゅう)』には、こんな事が書かれているのでした……。

朝夕に7人ずつ?綏靖天皇の「食人趣味」に感じる素朴な疑問

この『神道集』によれば、綏靖天皇は食人趣味があって朝に夕に7人を喰い殺し、臣下の者たちは「次は誰が食われるのか」と戦々恐々。

そこで一策を案じて「天から火の雨が降るというお告げがあったので、洞窟に隠れて下さい」と誘い込み、まんまと洞窟に入ったところを閉じ込めて、そのまま一生涯幽閉されたと言うのです。

しかし、このエピソードには疑問点がいくつかあります。

一、最初に「人肉が食べたい」などと言い出したキッカケは何か?
一、そんな暴挙を、周囲はなぜ止めなかったのか?
一、せっかく閉じ込めた暴君を、なぜわざわざ生かしておいたのか?

もちろん「詳細な記録はないが、きっと人肉を嗜好してしまう生来の異常者で、止めた者は真っ先に殺され、また、誰も殺せないくらいに最強だったのだ」と強引に理由づけることが出来なくもありません。

綏靖天皇が眠る桃花鳥田丘上陵。Wikipediaより(撮影:Saigen Jiro氏)。

しかし、そんなに手を焼くような天皇陛下に対して、なぜ「綏靖」と諡したのでしょうか。強烈な皮肉と解釈できなくもありませんが、それなら第21代・雄略天皇や第25代・武烈天皇のように「強さ・激しさ・勇ましさ」を強調したのではないでしょうか。

そもそも『神道集』は仏教優位(仏教>神道)の思想に基づいて書かれており、仏教伝来以前の日本、もちろんそれを治(しろ)しめた神々や、その系統を受け継ぐ皇室については未開な存在として描く傾向が散見されます。

日本人が崇敬している神々も、元は御仏の救いによって相応の神格を与えられたとする考え方で、仏教伝来(『日本書紀』によれば欽明天皇13年・西暦552年)以前の綏靖天皇も、当然の如く野蛮な振る舞いが描かれました。

※それがなぜ綏靖天皇だったのかは根拠がありませんが、もしかしたら「神武天皇ほどのカリスマではなく、なるべく古い時代にさかのぼれば、荒唐無稽な逸話を書いてもクレームが出にくいだろう」と考えたのかも知れません。

彼らは本当に「食べられた」のか?

Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.
【意訳】間違いで説明がつくことに、悪意を決めつけてはならない。

byロバート・J・ハンロン「ハンロンの剃刀」より。

以上、ちょっと穿った見方をしてみましたが、もしかしたら『神道集』の筆者や伝承者にも悪意はなく、古文を読んだ上で誤解があった可能性も考えられます。

古い大和言葉を読んでいて、誤解のキッカケ?として気になるのが「聞食」という言葉。これは「きこしめす」と読んで「お聞き召される=下さる」ことを意味し、現代でも祝詞(のりと)などによく使われます(機会があったら、耳を澄ますと楽しいですよ)。

もしかしたら、筆者たちはこの「食」を文字通り「食べる」と解釈し、また「聞」は「お香を聞く(香りを嗅ぐ)」のように「味わう、楽しむ」などと解釈し、綏靖天皇が「人々を味わって食べていた」かのように誤解してしまったのかも知れません。

常に庶民の声を聴き、寄り添い続けた綏靖天皇(イメージ)。

もし、綏靖天皇が朝と夕方に7人ずつ「聞食」していたとするなら、この場合は彼らの肉を食べていたのではなく、「7人からそれぞれ意見を傾聴して、施政の参考にしていた」と考えた方が自然ではないでしょうか。

一生懸命に民衆の意見を聞き入れていたら、いつしか彼らを喰い殺していたことにされてしまった(かも知れない)綏靖天皇……真相の究明にはまだ時間がかかりそうですが、その事績がなるべく善意に評価されることを願っています。

※参考文献:
平野邦雄ら監修『日本古代氏族人名辞典』吉川弘文館、2010年11月
西尾光一ら編『中世説話集 古今著聞集・発心集・神道集』角川書店、1977年5月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「聖人君子のウラの顔?綏靖天皇の「食人趣味」は本当か、説話「神道集」の伝承を紹介」のページです。デイリーニュースオンラインは、綏靖天皇神道集日本書紀天皇神道カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る

人気キーワード一覧